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みんなの「小説」ブログ

タイトル 日 時
ヒルトップにようこそ 90(最終回)
 それから、三ヶ月ほど過ぎた。ポプラ並木の葉もすっかり落ち、年も改まり、あたりは冬景色に包まれていたが、その日は小春日和で暖かかった。 「茉莉ちゃん、茉莉ちゃん。ちょっとスコープして」 マスターが、火のついていないタバコをくわえたまま、茉莉に声をかけてきた。 「今度は、何をなくしたんですか?」 「ライター。百円ライターがどっか行っちゃった」 『どっか行っちゃった』じゃなくて『やっちゃった』でしょ。と思いながら、 「はい、おでこ出して」 スコープをはじめた茉莉は、驚いた。こんなことは... ...続きを見る

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2007/12/23 14:16
ヒルトップにようこそ 89
「あはは、さすがにうんちくは詳しいみたいだけど、鑑定眼の方はまだまだみたいね。見間違いよ。マスターがそんな高価なものをくれるわけないでしょ。よく出来たガラスに決まってるじゃない」 「えー、そうかなあ。絶対間違いないと思うけどなあ」 佐知子は首を傾(かし)げていたが、すぐに快活な調子に戻って、 「ま、とにかく、よかったら今度、何かアクセサリーでも買いに来てね。いいルビーの見分け方を教えたげるよ」 「ありがと。うんと安くしてね」 ここで、佐知子は、急に思いついたように、 「そうだ、茉莉さ... ...続きを見る

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2007/12/22 15:04
ヒルトップにようこそ 88
 それから三日ほど経った。『ヒルトップ』入り口の掲示板の、「本日のケーキ」の所には、先週、茉莉が作った新作ケーキの名前も加わっていた。  昼過ぎ、キキーッと派手な音を立てて、ピンクメタリックのヴィッツが駐車場に飛び込んできた。他に駐まっているのがマスターのユーノスだけだからいいようなものの、駐車用のラインなどお構いなしの駐め方で、慌ててクルマを降りると、佐知子が店に駆け込んできた。 「いらっしゃいませ」 と言う間もなく、 「聞いて聞いて。決まったの。就職決まったの。茉莉さんありがとう」 ... ...続きを見る

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2007/12/21 12:43
ヒルトップにようこそ 87
 週が変わって、火曜日の夕方のことだった。不意に綾子がヒルトップにやってきた。 「こんにちは」 「あ、いらっしゃい」 マスターが、水とおしぼりを持ってオーダーを取りにいくと、 「きょうは、茉莉さんは?」 と綾子が尋ねた。 「今、ちょっと買い出しに行ってます。何か?」 「いえ、この度は、姉妹(きょうだい)そろってお世話になってしまって、マスターにも、ホントになんて言ったらいいか・・・」 「いいんですよ。そんなこと。ところで、車は返してもらえましたか」 「ええ、ちょうど今ごろ、佐知... ...続きを見る

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2007/12/20 13:38
ヒルトップにようこそ 86
佐知子が先に立って店に入ってきながら、後ろの綾子に見えないように小さくピースを出してウィンクしている。そして、後から入ってきた綾子の左手の薬指には、あの指輪がしっかりとはめてあった。綾子は指輪をはめた左手を茉莉に見せながら、 「ありがとうございました。見つかりました。私も佐知子もお世話になりっぱなしで・・・。本当にありがとうございました」 と綾子は繰り返した。初めて店に来た時とは、別人のような明るい表情だった。こういう表情の綾子と佐知子は、本当によく似ていた。 「あの・・・、探偵料は、いく... ...続きを見る

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2007/12/19 13:11
ヒルトップにようこそ 85
「じゃ、すみませんが、もう一度おでこを出してください」 茉莉は、綾子の額に手を当てた。掃除機の中なんて、あまりのぞきたいものでもなかったが、今回のスコープは確かに絶好調だった。掃除機の紙パックの中に転がる綾子の指輪がはっきりと見えた。綿ぼこりは、期待したほどには集まっていなかった。佐知子が掃除をサボったのか、元々部屋がきれいだったのか。こんなことなら、私の部屋を掃除してもらえばよかった。 「えーと、黒っぽい掃除機ありますか? どうもこの前見えたコットンは、綿ぼこりだったみたいですね。掃除機か... ...続きを見る

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2007/12/18 13:07
ヒルトップにようこそ 84
 『ヒルトップ』に帰った茉莉は、一昨日、作ろうとしたところで、綾子が来たために中断していた、新作ケーキ作りを再開した。紅茶を出す時間と、砂糖の加減が難しい。紅茶をあまり長い時間出すと渋くなってしまうし、逆に短すぎては、香りが立たない。砂糖も、多すぎて甘くなってしまっては、大人の味にならないが、少なすぎてもおいしくない。  家で、いろいろと試行錯誤して自分なりにはかなりいい線までいくようになっているつもりだが、店で作るとなると、何だか勝手が違って自信がない。何とか1ホール焼き上げて、マスターに試... ...続きを見る

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2007/12/17 14:42
ヒルトップにようこそ 83
 二日ぶりの、綾子と佐知子の部屋は、一昨日よりも少し、こざっぱりと片づいていた。部屋に入るなり、茉莉は佐知子に尋ねた。 「掃除機、どこ?」 「掃除機? ここだけど?」 一昨日は、適当に引っ張り出されていたが、今日はリビングの隅の押し入れに片づけてあった。一昨日チラッと見たときは、もう少し青っぽく見えたが、よく見ると濃い紺色だった。これはおあつらえ向きだ。 「まさか、これにすいこませるの?」 「当たり。黒っぽいプラスティック。よかった、『黒』って断言しなくて」 「間違って吸い込んじゃっ... ...続きを見る

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2007/12/16 15:20
ヒルトップにようこそ 82
「しないしない。今のところ、充分満足してるもん。第一、日本じゃ賞金稼ぎなんてできないし。今は、喫茶店のマスターさ」 マスターは片目をつぶって見せた。それを聞くと茉莉もなんだかホッとした。 「疲れたろ。遅くなっちゃったから、送っていこうか?」 「ううん、大丈夫。車だから。・・・あ、そうだ、これ返さなきゃね」 と言って、茉莉は、ポケットの中から、あの安産のお守りをとりだして、マスターに渡した。 「おう、これは、俺が、賞金稼ぎだった頃に、二度、命を助けてくれたんだ」 「へえ、御利益あるんだ... ...続きを見る

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2007/12/15 12:03
ヒルトップにようこそ 81
「別に、隠してたわけじゃないよ。言いふらすことでもないし・・・」 と言いながら、マスターは、自分用にコーヒーを一杯注いだ。 「バウンティー・ハンターって知ってるか?」 「バウンティー・ハンター? 聞いたことないわ」 「日本じゃ、あんまりいないだろうからな。日本語で言えば、賞金稼ぎだ」 「賞金稼ぎ! そんな商売が、ホントにあるの?」 「アメリカにはね。俺、こう見えても、昔は金持ちのボンボンでな、両親と一緒に、10歳からアメリカにいたの。で、ちょっと事情があって、15の時から、たまたま知... ...続きを見る

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2007/12/14 13:10
ヒルトップにようこそ 80
 車を店の駐車場に入れて、店の中をのぞくと、マスターが一人、ぼんやりとタバコをふかしているのが見えた。  茉莉が扉を開くと、マスターは、 「おかえり」 と迎えてくれた。その声を聞いて、マスターの顔を見た途端、茉莉はひざがガクガクと震えだした。そしてマスターの顔がぼやけてきた。 「ただ・・・い・・・ま」 言い終わらないうちに、茉莉の瞳から、涙があふれ出してきた。止めようと思っても、あとからあとからとめどなく流れ落ちてくる。  マスターはそんな茉莉の肩を大きな両手でしっかりと支えて、 ... ...続きを見る

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2007/12/13 13:44
ヒルトップにようこそ 79
茉莉は話題を変えてみた。 「もう、何だか大変なことになっちゃって、お姉ちゃんにも随分心配かけたから、今夜正直に言って、謝ろうと思うの」 「そう・・・」 「でも、ホント言うと、言い出しづらいな。茉莉さん、何かいい切り出し方、ないかしら」 「うーん、難しいわね」 茉莉は、運転しながら考え込んでしまった。しばらく無言でハンドルを切っていた茉莉が、ためらいがちに口を開いた。 「もしよかったら、明日まで内緒にしておかない?」 「え、それはかまわないけど・・・」 「いいこと思いついたの。明日... ...続きを見る

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2007/12/12 13:26
ヒルトップにようこそ 78
 簡単な事情聴取が済んで、解放されたのは、夜の11時をまわっていた。ヴィッツはまだ返してもらえなかったが、指輪のことは警察には知らせなかった。ややこしい手続きで返してもらえないと困ると思ったのだ。マスターがあとから知り合いの刑事に聞いた話では、やはり窃盗団も、あまりに非現実的に大きな指輪だったため、オモチャの指輪だと思ったらしい。高級セダンに載っていたら指輪もただでは済まなかったろうが、ヴィッツに載っていたのが幸いしたようだ。  ヴィッツが返してもらえないので、茉莉のレビューに佐知子が乗り、マ... ...続きを見る

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2007/12/11 13:01
ヒルトップにようこそ 77
 男たちは、振りかかるガラスの破片に瞬間たじろいだあと、一様に、目を押さえてせき込みはじめた。そこへ飛び込んできたマスターが、男たちのみぞおちに一発ずつパンチを食らわした。  一瞬にして三人の男たちを倒したあと、マスターが戻ってきて、 「プハー。最近息が続かんな」 と言って、大きく息を吸い込んで、再び男たちを縛り上げに行った。  ハックション!   マスターは今度はくしゃみをしながら戻ってきた。風上に立っていた茉莉たちには、それほど影響がなかったので、最初は何が起こったのか分からなかっ... ...続きを見る

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2007/12/10 12:21
ヒルトップにようこそ 76
「マ、マスターッ!」 茉莉の制止を聞かずにマスターが引き金を絞った。 チュー。 「ぎゅーっっ!」 男は再び失神した。 「ホンモノじゃなかったの?」 茉莉は驚いて尋ねた。気がつかないうちに、すり替えていたらしい。 「まさか。いくらなんでも、殺しちゃったら捕まっちゃうじゃん」 マスターは立ち上がりながら、振り返ってにっこり笑った。 「さ、大脱走と行きましょうか」 ...続きを見る

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2007/12/09 16:12
ヒルトップにようこそ 75
 マスターは、一歩前に進みながら、押し殺したような低い声でつぶやいた。 「おい、その娘(こ)の髪を引っ張るな。その娘に少しでも傷をつけたり、髪の一本でも抜いたりしてみろ。・・・殺すぞ」  はらはらしながら様子を見守っていた佐知子は、マスターの豹変ぶりに驚いていた。悪党であるスーツの男より、むしろマスターの方が恐ろしかった。  スーツの男は、マスターに気圧される形で、一歩ずつあとずさった。 「茉莉ちゃん。大丈夫だからね。ちょっと目をつぶってて」 茉莉は言われるままに目を閉じた。この状況で... ...続きを見る

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2007/12/08 17:15
ヒルトップにようこそ 74
 さっきまで監禁されていた部屋へ戻ると、「ミッションコード『脱色』」で、茉莉にぶん殴られた男が、まだズボンとベルトで縛られたまま倒れていた。 「これ、茉莉ちゃんたちが? ひどいことするねえ」 倒れている男の口にタバスコを流し込んだ男に言われたくないと思いながら、茉莉と佐知子は、ソファに横になっている葛西佐織の元へ駆け寄った。 「百万とはいかなかったけど、援軍を連れてきました」 茉莉の呼びかけに、葛西はにっこりと微笑んで応えた。 「じゃ、行きましょうか。動けますか?」 マスターが、ソフ... ...続きを見る

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2007/12/07 12:43
ヒルトップにようこそ 73
 あまりの展開の早さについていけず、ぼおっと、立ちすくんでいる佐知子と男の間に入って、ナイフを拾い上げてポケットに仕舞うと、マスターは、 「大丈夫でしたか?」 と佐知子に声をかけた。 「え、ええ。ありがとうございます」 我に返った佐知子をマスターの後ろから走ってきた茉莉が抱きしめた。 「ところで、何をしたの?」 転げ回っている男を見ながら、茉莉が聞いた。 「あ、こいつ縛っとかなきゃ」 マスターは、茉莉の質問には直接答えず、ポケットから結束バンドを取りだした。アメリカ映画なんかで、... ...続きを見る

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2007/12/06 13:23
ヒルトップにようこそ 72
(マスター! 助けて!) 茉莉は心の中で叫びながら、ポケットの上から、マスターのお守りにそっと触れた。そして、仕方なく、両手を上げて、男の方に一歩踏み出そうとした。  その時だった。 「そこまでだ! 悪党!」 背後から聞こえた、聞き覚えのある声に、思わず振り向いた。茉莉の後ろには、マスターが、何と拳銃を構えて立っていた。 「な、何者だ!」 男が叫んだ。 「見て分からんのか。喫茶店のマスターだ」 ジーパンにジャケットといういでたちでは、見ても分からんと思うが、マスターは妙に自信満々... ...続きを見る

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2007/12/05 19:53
ヒルトップにようこそ 71
 ボンネットが凹みませんように、茉莉は祈りながら、そろりそろりと移動して、ようやく、ヴィッツの隣の車までたどり着いた。佐知子は、もう下にいて、ヴィッツをのぞき込んでいる。茉莉が車から飛び降りて靴を履き直していると、 「間違いないわ。私の車」 佐知子が涙ぐんでいる。 「感動してる暇はないわよ。とにかく指輪を取り戻しましょ」 茉莉が促した。佐知子は慌てたようにキーを取りだした。助手席側は、隣の車とくっついているため開くことができず、扉に近い、運転席側にまわった。  トンッ、と軽い音とともに... ...続きを見る

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2007/12/04 19:37
ヒルトップにようこそ 70
 茉莉のまぶたの裏に広がったのは、今日の午前中にヒルトップでスコープした時と同じ映像だった。 「うん、大丈夫ね」 茉莉の言葉に、佐知子はホッとした表情になった。 「じゃ、今度は車のことを考えて」 「わ、わかった」 再び目を閉じる二人。茉莉に見えた映像は、やはり、船の中のようだ。ヴィッツを囲むようにして、大きな高級車がびっしり並んでいる。まわりを見回しても、地下駐車場のような感じで、窓がない。船のどこに位置しているかは分からないが、窓がないということは、船の中でも下層だろう。 「よく分... ...続きを見る

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2007/12/03 18:52
ヒルトップにようこそ 69
「佐知子さん、そいつのベルト抜いて。ズボン脱がして」 「な、何するの?」 「縛り上げるのよ。決まってるでしょ」 うつ伏せに倒れている男をひっくり返してベルトを抜き、ズボンを脱がせ、もう一度ひっくり返した。 「佐知子さんベルトで足縛って。私ズボンで手を縛るから」  三分ほどかけて、茉莉と佐知子は男を縛り上げた。一緒に脱がした靴下を口に詰め込んで、さるぐつわもかませた。 「さ、行きましょ。グズグズしていられないわ」 「うん、念のため、灰皿はこのまま持っていくわね」 佐知子がブラウスの... ...続きを見る

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2007/12/02 13:26
ヒルトップにようこそ 68
「まさか、それでぶん殴るの?」 「うん、何とかなりそう。でも、失敗したら、佐知子さんもそれでやるのよ」 「わかった。・・・まさか死んじゃわないわよね」 「大丈夫でしょ。さ、じゃ、ミッションコード『脱色』発動よ」 「なんか、楽しんでない?」 「何にでも楽しみを見つけなきゃ」 マスターがよく言うセリフである。  茉莉はドアの横の壁に立ってテーブルを構えた。佐知子が、のぞき窓に顔をくっつけて、ドアをドンドンと叩きながら、大声で叫ぶ。 「誰かいませんか。ねえ、ちょっと誰か」 一分ほど続... ...続きを見る

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2007/12/01 14:11
ヒルトップにようこそ 67
 茉莉と佐知子は、とにかく部屋を一通り調べてみることにした。ドアは厚く丈夫で、やはり外側からカギがかけられている。取手は全く回らない。体当たりしてみても、びくともしない。ドアには、直径20センチほどののぞき窓があるものの、壁には窓もなく、ドア以外の壁には、切り込みすらない。  茉莉は天井を見上げた。映画なんかでは、大体通風口から逃げ出すのだが・・・。  あった。あるにはあったが、ドアの上に15×30センチくらいの格子が一つだけ。見上げながら茉莉がつぶやいた。 「あれじゃ、ちょっと無理ね」 ... ...続きを見る

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2007/11/30 19:03
ヒルトップにようこそ 66
「で、あなたたちはどうしたの? まさか、助けに来てくれたわけでもなさそうだけど」 「私もヴィッツを盗まれたんです、昨夜(ゆうべ)。で、あの倉庫を見てたら捕まっちゃったんです」 葛西は驚いた声で言った。 「よくここが分かったわね。私は何ヶ月も調べて突き止めたのに」 佐知子が得意げに答えた。 「優秀な探偵さんがついてますから」 と言って茉莉の方に向き直り、 「こちら、超能力探偵の茉莉さん」 葛西がクスッと笑った。 「『超能力探偵』ね・・・。でも、一日で突き止めるなんてやっぱり超能力... ...続きを見る

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2007/11/29 18:44
ヒルトップにようこそ 65
 「心配するな。殺しゃしねえよ」 扉を開けながら、作業服の男が茉莉と佐知子に話しかけた。 「さ、入れ」 と言って、二人を部屋の中に押し込んで、外からカギをかけた。 「ま、あとからじっくりかわいがってやるよ」 扉の小窓からのぞき込んで、いやらしく笑った。 「ホントにかわいがるなら、助けて欲しいものね」 茉莉が腕を組みながら毒づいた。佐知子が不安げに、 「あたしたち、どうなるのかしら」 と震える声で、茉莉に尋ねた。 「このまま、車と一緒に東南アジアに売られるのよ」 不意に後ろか... ...続きを見る

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2007/11/28 17:34
ヒルトップにようこそ 64
「もしもし・・・。あ、お父さん。・・・うん、今、佐知子の家でレポートやってるの。今夜泊まると思うから・・・。うん、じゃあね。おやすみなさい」 一方的にしゃべって電話を切った。スーツの男は、満足げにうなずいて、 「じゃあ、携帯はこちらでお預かりしようかな」 と言った。作業服の男が、茉莉から携帯電話を取り上げた。そして佐知子の方に向かって、 「出しな」 と手を差し出した。佐知子は、しぶしぶ肩から提げているバッグから携帯電話を取り出して渡した。作業服の男は、二人の携帯電話の電源を切って、スー... ...続きを見る

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2007/11/27 17:02
ヒルトップにようこそ 63
 コーヒーもケーキも、あとから出てきた番茶も飲み終わって、あくびしていたところに、先程フィルムを受け取った中年の社員が、ネガと、プリントされた写真の束を持って戻ってきた。 「いやあ、大変お待たせいたしてしまって申し訳ございません。たった今でき上がりました」いたしてしまって申し訳ございません。たった今でき上がりました」 「無理言ってすいませんねえ」 と言いつつ写真を受け取ったマスターは、 「ここで見せてもらっても?」 と尋ねた。中年の社員は、 「どうぞどうぞ。今、お茶をお持ちします」 ... ...続きを見る

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2007/11/26 15:31
ヒルトップにようこそ 62
 ともかく、次のB倉庫へ行こうということで、踏み台の木箱から降りた時だった。 「何をしている!」 男の鋭い声に振り向いた茉莉と佐知子は、顔に懐中電灯を当てられて、顔をしかめた。真っすぐ当たってくる懐中電灯の光を避けるように、顔を斜めにして、目を細めた二人に、 「こんなところで何をしている。あの女の仲間か」 再び、男が口を開いた。港湾労働者風の格好をしているが、いやに目が鋭い。 「な、何の倉庫かなーって、思って」 茉莉が、言いわけも思いつかないまま、適当に答えようとした。佐知子がうんう... ...続きを見る

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2007/11/25 13:52
ヒルトップにようこそ 61
 高さにして2メートルくらいだろうか。最初に茉莉が木箱に飛びついて、木箱の上面に手をかけた。茉莉のお尻を佐知子が押し上げるようにして、茉莉はなんとか木箱の上に乗ることが出来た。今度は、伸ばした佐知子の手を茉莉が引っぱり上げて、佐知子もなんとか木箱の上によじ登った。二人とも、ハアハア言って、しりもちをついた。 「あたし、ダイエットするわ」 「あたしも」  一息つくと、ジャンケンで負けた佐知子が茉莉を肩車し、ようやく倉庫の窓に茉莉の頭が届いた。 「どう? 車見える?」 茉莉の股の間から、佐... ...続きを見る

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2007/11/24 13:58
ヒルトップにようこそ 60
「・・・あった。『ダイワ海運』!」 茉莉の指さす方を佐知子が見ると、確かに、窓に、白い文字で『ダイワ海運』と書かれた倉庫が並んでいる。茉莉は、一度注意深く前を通り過ぎることにした。  ダイワ海運の倉庫は、4つ並んでいた。その4つの倉庫の全てが、窓に『ダイワ海運』と白文字で書かれている。茉莉は、200メートルほど行き過ぎたところで車を停め、振り返った。 「あったわね」 佐知子が言った。 「うん、裏文字だったけど、あれに間違いないわ」 茉莉は、車を「Qターン」させて戻りながら、もう一度倉... ...続きを見る

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2007/11/23 14:18
ヒルトップにようこそ 59
 茉莉の車が海の見える所まで来た頃には、もう夕暮れ時になっていた。港は、海浜公園を真ん中にして、大きく北と南に分かれる。どちらかというと、北側は観光寄りで、客船や観光船が主に出入りする。もちろんコンテナを積んだ船も出入りするが、そういった類いの船は、主に南側を利用している。おしゃれなレストランやバー、ショッピングモールなどがあるのも北側の港である。  一方、南側には倉庫や会社が多く、また、輸出を待つのか、色とりどりの自動車がびっしり並んだ場所もある。  茉莉の車は、海浜公園の脇を抜けて、南側... ...続きを見る

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2007/11/22 12:38
ヒルトップにようこそ 58
 港に向けての道を走っていた茉莉は、運転にもすっかり慣れてきた。ようやく肩の力が抜けてきた。そこへ突然、携帯電話が鳴った。わっ、どうしよう。携帯が鳴ってる。出ればいいのかしら、いや、違うわ。どこかに停めなきゃ。  いきなりの携帯電話の着信音に慌ててしまって、やっとの思いで車を路肩に寄せた。せっかく慣れてきていたのに、またとっ散らかってしまった。茉莉は、少し不機嫌に電話を取った。電話の向こうからは、息を切らした佐知子の声が飛び込んできた。 「あ、茉莉さん? 佐知子です」 「あ、佐知子さん。見... ...続きを見る

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2007/11/21 14:49
ヒルトップにようこそ 57
 店員の描いた下手くそな地図を頼りに、マスターは、現像専門の、 小さな工場のような建物を訪れた。建物の割に小さなドアを開くと、地味な事務所のような一室にいた五〜六人の社員に緊張が走った。 「あのー、さっき電話で・・・」 言い終わらないうちに、 「大至急やらせていただきます」 と、中年の社員が、最敬礼してフィルムを受け取った。 「たっぷりと増感しますので、少々お時間をいただきたいのですが、よろしいでしょうか?」 「あ、よろしく願いします。・・・ここで待たせてもらっていいですか?」 「... ...続きを見る

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2007/11/20 19:51
ヒルトップにようこそ 56
クラクションに押されながら、仕方なく車を脇に寄せた茉莉は、漠然と思いついたことを頭の中で整理し始めた。  盗難車を外国に売り捌(さば)く場合、とりあえず倉庫か何かに一時保管するだろう。一台ずつ外国に運ぶわけではないはずだから、何台か、ある程度の数がまとまるまでは、ためておくはずだ。で、何台かまとまると、いよいよ海外に運ばれることになるだろう。その時、何で運ぶか? 当然、船だ。だったら、盗難車を保管する倉庫は、港にあるのが最も都合がいいはずだ。山の中の倉庫に車をためていたのでは、船に積み込む時に... ...続きを見る

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2007/11/19 19:48
ヒルトップにようこそ 55
「ねえ、お兄さん」 マスターは、さっきからこちらに背を向けて、なるべく目を合わさないようにしている店員に声をかけた。店員は、ビクッとしたように振り返り、 「な、何でしょうか?」 と答えた。マスターが3本目のネガを見せながら、 「このフィルムってさ、ASA100だよね?」 と聞くと、4本目の現像に取りかかっている店員は飛んできてネガを確認した。 「そうですが、何か?」 「さっき持って来た中に、高感度フィルムのヤツってある?」 「確認します」 と言いながらカウンターの中に戻り、まだ... ...続きを見る

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2007/11/18 14:32
ヒルトップにようこそ 54
 マスターは、タバコをくわえたまま、煙そうな顔で眉をしかめながら、3本目の写真をめくっていた。  さっき見た2本目の写真は、富士山周辺の写真が並んでいた。目の前にそびえる大きな富士、五千円札と同じ場所から撮ったと思われる、湖の奥の形のいい富士。他にも、右に太平洋らしき海があり、その奥にかすんでいる小さな富士、夕暮れ時か、全体に赤みがかった富士・・・。完全な風景写真であるが、富士山のいろんな表情がとらえられている。  3本目は、前の2本とは少し傾向が違っている。それはまるで、報道写真のようだっ... ...続きを見る

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2007/11/17 12:58
ヒルトップにようこそ 53
佐知子は、ジャンプして両手を下に伸ばして体を支えると、右足をフェンスの上にかけ、ひょいと飛び越えた。小走りに2番倉庫へ走る。扉のすき間に顔をくっつけて中をのぞき込んだ。  暗くて見えづらいが、こちらも大きな段ボールが整然と並んでいる。残念ながら盗難車が隠してあるようには見えなかった。  小さくため息を漏らして、扉から顔を離した瞬間だった。 「何をしているんだ」 と肩をたたかれた佐知子は、思わず、 「きゃあ!」 と叫び声を上げてしまった。  驚いたのは、佐知子に声をかけた運送会社の社... ...続きを見る

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2007/11/16 19:44
ヒルトップにようこそ 51
 マスターは、葛西佐織のプラドから見つけた6本のフィルムを持って、駅前に向かった。「30分スピードプリント」の看板を出している写真屋に入った。 「この6本、大至急、プリントして」 「はい。これに住所と電話番号、名前を書いて」 元ヤンキーと思われる茶髪の店員の差し出したカードには目もくれす、マスターは、 「何分で出来る?」 と聞いてみた。店員は、 「今、プリント待ちが何本かあるから、3時間くらいだね」 と答えた。マスターは、眉間にしわを寄せて、店員にぐっと近づき、上から覆いかぶさるよ... ...続きを見る

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2007/11/14 19:54
ヒルトップにようこそ 50
 ・・・。 「ぷっ!」 一瞬間(ま)を置いて、綾子が吹き出した。 「あ、あれ? 怖くなかったですか? けっこう渋く決めたつもりだったのにな」 「マスターって、真剣な顔の時と、冗談の時と、目が全然違うんですもの」 「そうですか?」 「さっき、『部屋に戻れ』って言われたときの方が、目がよほど怖かったですよ」 「・・・でも、一瞬でもビビりませんでしたか?」 「全然」 ガックリと肩を落としたマスターは、気を取り直して、 「さあ、ここからは、こちらでやりますから、もう綾子さんは、仕事に... ...続きを見る

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2007/11/13 19:50
ヒルトップにようこそ 49
 「それにしても、あと20件。頑張らなくちゃね」 茉莉は、佐知子のヴィッツが何かの手違いで、間違って盗まれたにしても、じゃあ、誰の車と間違われたのか、想像がつかなかったし、それがわかったとしても、どこにあるかの手がかりにはならない公算が大きい。結局、地道に今の方法で潰していくのが、遠回りに見えて、実は近道のような気がしてきた。 「あたしね、地図見てて思ったんだけど……」 地図を指さしながら、佐知子が切りだした。 「このあたりの7件、かたまってるでしょ。ここをあたしが歩いてまわるから、茉莉... ...続きを見る

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2007/11/12 19:48
ヒルトップにようこそ 48
 綾子には、何が起きているのか、つながりがさっぱりわからなかった。しかし、ただ事ではないことは、マスターのただならぬ様子から分かってきた。 「あの、何が起こっているんでしょうか? 佐知子の車が盗られたことと、何か関係があるんでしょうか? 佐知子は大丈夫なんでしょうか?」 マスターはエレベーターに乗り込み、『下』のボタンを押しながら、 「わかりません。でも、おっしゃる通り、佐知子さんの車が盗まれたのは、たぶん葛西さんの車と間違われたんだと思います」 答えておいて、マスターは、ふと不思議に思... ...続きを見る

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2007/11/11 13:26
ヒルトップにようこそ 47
 この部屋も、荒らされた様子があったが、ほかの部屋とは違って、少し丁寧に探したようだ。引き出しや棚が探られた感じはするが、何でもかんでも引っ張り出すわけではなく、慎重に探し物をした様子が窺える。床やテーブルに散乱したものはなく、むしろ必要以上に片づけられている感じすらする。  マスターは、一通り暗室を確認すると、浴室と、トイレを簡単に確認して、玄関に戻った。 「マスター。どうしたんですか? 大丈夫ですか?」 玄関から出ると、綾子が心配そうに見つめている。 「やっと『マスター』と呼んでくだ... ...続きを見る

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2007/11/10 13:51
ヒルトップにようこそ 46
 カチャッ。  軽い音がして、葛西佐織の部屋のドアが内側に開いていった。 「あ、開いちゃいましたね」 マスターは言いながら、そっと部屋に入っていく。 「あ、ちょっと、ちょっと」 綾子は、マスターを止めようとした。マスターは、一人だけ中に入ると、ドアから顔だけ出して、 「綾子さんは、外で待っていてくれますか?」 と声を掛けて、中に入っていった。 「葛西さーん、いらっしゃいますか?」 玄関のところで、マスターは一声かけてみた。が、やはり返事がない。 「失礼しまーす」 一応一声か... ...続きを見る

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2007/11/09 20:07
ヒルトップにようこそ 45
 自分なりの推理が外れて、気落ちした茉莉は、腰がなくて、まるでうどんのようなパスタを口の中に押し込みながら、これだったら『ヒルトップ(ウチ)』のほうがよほど美味しいと思った。  それにしても、車に高価なものが載っているわけではないとしたら、あとは何だろう? 「茉莉さんの車って、かわいくていいですね」 窓の外を眺めていた佐知子がふとつぶやいた。 「でしょ、あの丸っこいところがお気に入りなの」 「お店とか駐めておいても、すぐわかりますね」 「そうね。私はマスターと違って、車にあんまり詳し... ...続きを見る

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2007/11/08 20:18
ヒルトップにようこそ 44
「あ、綾子さん」 不意に後ろから声をかけられて、ちょっと驚いたので声がひっくり返っている。オホン。とせき払いをして、声のトーンを落として、 「先日はどうも失礼いたしました。指輪は今、鋭意捜索中ですので、ご心配なく。・・・今日は、会社はお休みですか?」 「いいえ。・・・佐知子がお店にうかがったと思うんでご存知と思いますが、佐知子の車が盗まれてしまいまして、バタバタしてて、今から出勤しようかと思いまして・・・。マスターさんは、どうしてこんなところに?」 「『マスターさん』なんて、他人行儀な。... ...続きを見る

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2007/11/07 20:09
ヒルトップにようこそ 43
 午前中に8軒の運送会社をまわり、どれも空振りに終わっている茉莉と佐知子は、ファミリーレストランで、休憩がてら昼食をとることにした。  ウエイトレスに案内されて席についた二人は、「ふうーっ」とため息をつきながら、どっかりと腰を下ろした。 「なかなかうまくいかないものね」 佐知子が言うと、茉莉も、 「ホントね。でも、あと20件か。何とか今日中にはまわりたいわね」 と答えつつ、ウエイトレスの置いていった水を一気に飲み干した。  メニューを見ていても、なかなか頭に入ってこない。適当に佐知子... ...続きを見る

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2007/11/06 19:45
ヒルトップにようこそ 42
 茉莉と佐知子は、一件目の目的地にたどり着いた。近くの空き地に車を駐めて、歩いて様子を見てみることにした。佐知子は、車から降りると、少しふらつくのを覚えた。茉莉の運転は紛れもなく安全運転だったのだが、なぜか、佐知子は全身に力が入っていた。少しひざが笑っていた。  まずは、まわりを一周りしてみることにした。運送屋には、確かに倉庫があり、正面には、数台のトラックが並んでいる。倉庫はそう大きくはない。そして倉庫に窓はあるものの、その窓には、文字が書いてある様子はなかった。 「どう?」 佐知子が、... ...続きを見る

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2007/11/05 19:56
ヒルトップにようこそ 41
 茉莉は、家につくと、表に駐めてあるずんぐりした抹茶色のマーチに乗り込んで、内側から助手席のドアを開いた。 「さあ、行きましょう! ナビお願いね」 「はい、お願いします。・・・この車、おもちゃみたいでかわいいですね」 「あたしのかわいいマーちゃんよ。よろしくね。・・・シートベルト締めて」 「あ、はいはい」 佐知子がシートベルトを締めながら、マスターの言った「ヘルメット貸そうか?」という言葉を思い出し、ごくりと唾を飲み込んだ。しかし、体中に力が入った佐知子の緊張とはうらはらに、ゆっくりゆ... ...続きを見る

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2007/11/04 13:49
ヒルトップにようこそ 40
 茉莉と佐知子は、まずはタウンページの中から、会社名に『運』の字のつく運送屋を手当たり次第ピックアップし始めた。この街だけで、四十六件の会社がピックアップできた。これでも、全ての運送会社の半分弱である。『運』の字を使わない運送会社が、案外多くて助かった。その中から、二人の意見で、明らかに有名な会社は外してゆき、二十八件に絞った。他の業種や、近隣の他の運送屋はとりあえずあと回しにしようということになった。  タウンページに線を引くのが一段落つくと、今度はマスターの地図に赤ペンでチェックしてゆく。... ...続きを見る

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2007/11/03 15:14
ヒルトップにようこそ 39
「とにかく、東南アジアなんかに持ってかれちゃう前に、クルマを見つけなきゃ」 「・・・そうだな」 マスターが、思いのほか素直に引き下がった。こういう時は、言葉とは裏腹に、いつまでもこだわっているということを茉莉は知っていた。だが、マスターの方から話題を切り換えてきた。 「ところで、『運』って文字が見えたんだね」 「あ、そうそう。よくあるじゃない。窓のガラスのところに、会社名とか書いてあるやつ」 「窓一枚に一文字ずつ大きな文字が書いてある感じ?」 佐知子が聞き返すと、茉莉は大きく頷いた。... ...続きを見る

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2007/11/02 20:31
ヒルトップにようこそ 38
 と、突然ふっと映像が消えた。茉莉は鼻の奥がツーンとキナ臭くなったのを感じると同時に意識が遠のいていった。右手が、佐知子の額を離れたかと思うと、体全体が何かに引っ張られるように、後ろにのけぞっていく。 「きゃっ!」 佐知子が叫んだ。危うくイスから転げて頭から落ちそうな茉莉をマスターが抱きとめた。 「おいおい、大丈夫か?」 茉莉をイスに座らせると、佐知子が茉莉の肩を抱きかかえるように支えた。マスターは大急ぎでカウンターへ戻ると、ボウルに氷水を注ぎ、おしぼりを二・三本そこに放り込んだ。戻って... ...続きを見る

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2007/11/01 21:04
ヒルトップにようこそ 37
キョトンとしている佐知子に向かって、茉莉が続けた。 「佐知子さん、お姉さんの指輪の方が気掛かりなのね」 「え、そうかな。今は何も考えてなかったわ」 「一昨日、お姉さんのおでこでスコープしたのと、ほとんど同じ映像が見えたわ」 「ってことは、今のところ、指輪は無事ってことだな」 マスターが口を挟んだ。確かにそうだ。スコープで見える映像は、その探し物の、現在の映像だ。一昨日と同じ場所の映像が見えたということは、指輪は今でも、一昨日と同じ場所にあるということだ。これは、茉莉と佐知子に少なからず... ...続きを見る

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2007/10/31 20:05
ヒルトップにようこそ 36
 事情がわかってくるにつれて、茉莉の気持ちは軽くなってきた。佐知子が本気で盗もうとしたわけではなかったことが確認できたのが嬉しかった。だが、問題は佐知子の気まぐれでは済まないところまで来てしまっている。茉莉は、今、もっとも気になっていることを恐る恐る尋ねてみた。 「ところで、指輪は、まだクルマの中に入ったままなの?」 胸につかえていたことをすっかり吐き出して、ホッとしたような表情になっていた佐知子の顔が、再び曇った。 「うん。だから、何としてもクルマを取り戻したいの。クルマはどうなってもい... ...続きを見る

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2007/10/30 19:53
ヒルトップにようこそ 35
 その時、いつの間にかカウンターに戻っていたマスターが、トレイにカップを載せて再び茉莉と佐知子のテーブルにやって来た。 「あー、ちょっとお邪魔します。これ、カモミールティー。『ヒルトップ(当店)』自慢のハーブティーです。気分が落ち着きますよ」 と、カップを二つ置いてまたカウンターに戻っていった。  カモミールティー独特の、甘い、リンゴのような香りが広がった。マスターの言う通り、この香りだけでも気分が落ち着いてくるようだった。茉莉と佐知子は、しばらく無言でカップをすすっていた。やがて、佐知子... ...続きを見る

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2007/10/29 20:14
ヒルトップにようこそ 34
「バレちゃったか、お見事。さすが超能力探偵ね」 と言った後、 「・・・あの、・・・警察に突き出すの?」 と、佐知子は少し怯えたような目で茉莉を見つめた。 「まさか! そんなことするわけないわ。私がお姉さんに頼まれたのは、指輪探しであって、犯人探しじゃないもの。警察にも、お姉さんにも言うつもりはないわ。それに、今は、佐知子さんも被害者なんだし・・・」 佐知子の大きな瞳から、涙があふれ出してきた。 「でも・・・、一体どうして?」 「わからないの」 佐知子は、両手で顔を隠してかぶりを振... ...続きを見る

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2007/10/28 20:20
ヒルトップにようこそ 33
 自分も向かい側の席に壁を背にして腰掛けて、佐知子の顔を見ながら、茉莉は尋ねた。 「いったい、いつ?」 「わかんないの」 とだけ答えて、うつむいてしまった。  少しすると、マスターがコーヒーを持ってやってきた。 「モカでよかったかな。少しぬるめにしてあるから、ミルクをたっぷり入れてゆっくり飲むと落ち着きますよ」 と言って、カップをテーブルに置きながら、チラッと茉莉を見た。茉莉は、救いを求めるような目でマスターを見た。マスターは片目をつぶって見せ、さりげなく佐知子の真後ろの、奥から二番... ...続きを見る

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2007/10/27 11:35
ヒルトップにようこそ 32
 翌朝、モーニングサービスの時間帯を忙しく立ち働きながら、茉莉は、佐知子にどう切り出したものか、頭を痛めていた。何とか上手に話をもっていって、自分から告白するように仕向けられないか。それとも、やはりあまりまわりくどくするのはやめて、単刀直入に言った方がいいだろうか。  ぐずぐず思い悩んでいるうちに、モーニングサービスの混雑も一段落ついてきた。そろそろ佐知子に連絡を取らなきゃ、と考え始めた時だった。青い顔をした佐知子が、店に飛び込んできた。思わず駐車場に目をやったが、佐知子のクルマは確認できなか... ...続きを見る

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2007/10/23 19:49
ヒルトップにようこそ 31
 マスターのクルマで綾子と佐知子のマンションの前に着いた時には、8時をまわっていた。マンションの駐車場を見た茉莉は、 「あら、まだ戻ってきてないみたい」 とつぶやいた。 「あの、空いたとこ?」 昨日、佐知子が駐車した場所が一台分空いたスペースになっている。ヴィッツはなかった。 「うん、でも、綾子さんはいるみたい」 「なんでわかる?」 「だって、あそこが確か綾子さんと佐知子さんの部屋だもん。灯り点いてるでしょ」 茉莉が5階を指さした。確かに503号と思われる部屋は灯りが点いていた。... ...続きを見る

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2007/10/22 19:53
ヒルトップにようこそ 30
 ユーノスがクルマのディーラーに着いた時には、完全に日が暮れきっていた。店の中には、何台かのクルマが展示してあって、自由に乗り降りできるようになっている。 「あのクルマじゃないか? 佐知子さんのクルマ」 マスターが指さした先には、まさにメタリックピンクのヴィッツが展示してあった。 「うん、そうそう、あれだわ」 「勝手に助手席に乗れるから、確認して」 言い残すと、マスターはセールスの人を捕まえて何やら話し込んでいる。茉莉は早速ヴィッツの助手席に乗り込んだ。恐る恐るグローブボックスを開いて... ...続きを見る

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2007/10/21 15:19
ヒルトップにようこそ 29
「やっぱり、佐知子さんだったんだ」 「おいおい、クルマ持ってるだけで犯人扱いするのは早計じゃないのか。まあ、泥棒が入ったんでなきゃ、妹が持ってても不思議じゃないけどな」 「ジュエリーが好きって言ってたわ。宝石屋さんで働きたいって言ってたし。それに・・・」 「それに?」 「さっき『ヒルトップ(おみせ)』で探偵の話したでしょ。私が綾子さんのお宅に行った時、佐知子さんがちょうど帰ってきたんだけど、彼女、その時は、指輪がなくなったこと知らないはずなの。でも、綾子さんが私を『探偵』って紹介したら、... ...続きを見る

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2007/10/20 16:11
ヒルトップにようこそ 28
 しばらくして、 「おーし、帰るか」 と言いながら、空き缶をゴミ箱に投げ入れようとしたマスターは、ゴミ箱のふちに当たってはじかれた缶を慌てて拾いに行って、なんと缶を持ったまま戻ってきた。そして、また同じところから投げている。 「何やってるんですか?」 「男のロマン」 空き缶を投げ入れるのが男のロマンだとしたら、私には一生理解できないかも知れない、と思いつつ、茉莉もマスターと並んで空き缶を投げてみた。茉莉の投げた缶は一発でゴミ箱に入った。 「きゃ、入った!」 前言撤回。茉莉はなんだか... ...続きを見る

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2007/10/19 19:21
ヒルトップにようこそ 27
 「本日は終了しました」の札を入り口に掛け、店の駐車場のいちばん奥にあるマスターのユーノスに向かった。マスターはまず助手席側にまわって、ドアを開けてくれた。こういうエスコートはいやに手慣れている。 「よいしょ」 昨日の佐知子のクルマと違って、シートがやたら低いため、思わず声が出た。マスターはクスッと笑ってドアを閉め、運転席側にまわると、自分も「どっこいしょ」と言いながら乗り込んできた。サングラスを掛け、指のない手袋(「ドライビンググローブ」というそうだが)をはめている。マスターのサングラスに... ...続きを見る

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2007/10/18 19:49
ヒルトップにようこそ 26
 茉莉は、何となく落ち込んだ気分のまま、午後を過ごした。就職難、婚約指輪、500万、黒っぽいプラスティック、そして探偵・・・。いったい指輪はどこに行ってしまったのか。  いといろな思いが、浮かんでは消え、消えてはまた浮かんできた。自分でそれを打ち消したり、また引っ張り出してきたりして、結局同じところをぐるぐる回っていた。そして行き着くところは、決まっていた。  「お嬢さん、ドライブにでも行きませんか?」 ぼんやりしていた茉莉の耳に、トーンを落としたマスターの声が聞こえてきた。昼下がりの時間... ...続きを見る

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2007/10/17 15:59
ヒルトップにようこそ 25
「人に苦労してるところを見せないところがカッコいいのだ」 全くマスター(このひと)は、物事を真剣に捉えているんだか何だか。私もこれくらい脳天気に生きられたらいいなあ、と、茉莉はいつも思う。 「君も、いろいろ苦労を積んで、立派な探偵になるんだぞ」 マスターがからかった。みんなして私を探偵にしたいらしい。  探偵か・・・探偵!  茉莉はハッとした。 「ねえねえ、マスター、『探偵』って言ったら、何が思いつく?」 「探偵? 本当に探偵になるのか? 大変だぞ」 「冗談言ってないで。ねえ、最... ...続きを見る

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2007/10/16 18:46
ヒルトップにようこそ 24
「・・・ごめんなさいね。それはそうと、お姉さんと仲がいいんですね」 「田舎から出てきて二人きりだから・・・。お姉ちゃんはしっかりしてるけど、あたしはがさつだから、親が心配してるの。お姉ちゃんが結婚しちゃって、あたしがこのまま就職が決まらなかったら、田舎へ連れ戻されちゃうの。あたしってば、まるっきり親に信用されてないからね。でも、あたし、この街好きだから、絶対にこっちに残ってやるんだ。今日も今から面接だよ」 そういえば、スーツ姿だ。 「どこへ面接?」 「ジュエリーアダチってお店。宝石屋さん... ...続きを見る

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2007/10/15 15:56
ヒルトップにようこそ 23
 モーニングサービスの時間が終わって、少し客足が遠のいた時間に、不意に佐知子が店を訪ねてきた。 「いらっしゃいませ・・・あら、佐知子さん」 「こんにちは。約束通り、コーヒーのみに来たよ。・・・あったかいモカください」 茉莉がいきなり(美人の)客と親しげに話し始めたので、マスターが興味津々に、 「誰? 誰?」 と聞いてきた。茉莉が、 「昨日の綾子さんの妹さんよ」 と説明すると、 「美人姉妹か。お父さんはさぞお喜びだろう」 としみじみ言った。茉莉は、昨日自分が全く同じことを考えてし... ...続きを見る

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2007/10/14 15:54
ヒルトップにようこそ 22
「えっと、よく分かんないけど、昨日の終り値と、今年の最高値が一緒で、最安値が一月だから、やっぱり伸びてるわよ。でも、その差が一割ぐらいだから、やっぱり堅実に伸びてるって感じね。さすが浜ちゃんだわ。言ってた通り」 「そっか、浜ちゃんも、伊達にウチのコーヒー飲んでるわけじゃなかったな」 マスターが、したり顔でうなずいている。 「それより、やっぱり、会社、困ってるってわけじゃなさそうですね」 新聞を開いたついでに、パラパラと三面記事を読んでいた茉莉が、 「あら」 と声を上げた。 「どうし... ...続きを見る

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2007/10/13 15:13
ヒルトップにようこそ 21
 「そうか、オレは村上が怪しいと睨んでたんだがな。会社が順調なんじゃハズレかな」 浜田が帰り、店の客が少し減ったところで、マスターが腕組みをしながらつぶやいた。 「なんで村上さんが怪しいんですか?」 茉莉が突っ込むと、マスターは、 「実はな、指輪にうんと保険をかけておいて、村上が自分で盗んじゃったと思ったんだ。フィアンセなら合い鍵くらい持ってるだろうしな」 「ドラマの見過ぎですよ。だいたい、いくら高そうな指輪でも、会社を立て直せるほど高いわけないじゃないですか。そもそもあのマンションは... ...続きを見る

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2007/10/12 16:51
ヒルトップにようこそ 20
「経営している村上さんって人、知ってる? 評判とか聞く?」 「ああいうベンチャーのコンピューターのシステム会社ってのは、社長のキャラクターがそのまま会社の性格になるってもんだ。アップルやマイクロソフトだって、ジョブズやゲイツの性格そのままだからな」 「『KMオフィスシステムズ』の場合は?」 「さっきも言ったけどさ、地味だが堅実ってところだな。競争の激しい業種でのし上がっていくにゃあ、どっかで悪どいことをするとか、派手なパフォーマンスを打つとか、そういうのがひつようなんだが、『KMオフィスシ... ...続きを見る

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2007/10/10 19:54
ヒルトップにようこそ 19
 翌日、モーニングサービスの時間に、常連の浜田がやって来た。浜田は、50手前の証券マンで、毎朝、キリマンジャロを飲みに来る。モカに比べて酸味の強いキリマンジャロが、朝の寝ぼけた頭をすっきりさせるというのが、浜田の口癖だった。中学生の息子が一人いるが、茉莉を娘のようにかわいがってくれている。  今朝、茉莉はその浜田を待ちかねていた。『KMオフィスシステムズ』のことを聞いてみようと思ったのだ。証券会社に勤めているなら、いろんな会社の情報には詳しいだろうから、うまくすれば何か手がかりがつかめるかもし... ...続きを見る

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2007/10/09 20:10
ヒルトップにようこそ 18
 その夜、ベッドに入った茉莉は、今回の出来事を自分なりに整理しようとしてみた。  指輪がなくなった。普通に考えれば、原因は紛失か盗難だろう。紛失の場合、ベッドやソファーの下に入り込んでいるとか、ポケットやバッグの中だろうか。それとも指輪のケースに入れたつもりで、全然違ったケースにでも入れてしまったのか。眼鏡のケースとか、貯金箱とか。それにしてもコットンのようなものにくるまれているのがわからない。黒い入れ物も何だか不明だ。あのマンションにあったそれらしいものは一通り確認したつもりだ。やっぱり盗難... ...続きを見る

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2007/10/08 17:48
ヒルトップにようこそ 17
 店には3組ほどの客がいて、それぞれテーブルで話し込んだり、雑誌を読んだりしていた。茉莉はカウンターに座った。 「ただいま」 「お帰り。どうだった?」 すっかり立ち直っていたマスターは、上機嫌だったが、無言で首を横に振った茉莉を見て、 「そっか。ま、そーゆーこともあらーな」 と言って、お茶をいれ始めた。 「まあ、これでも飲んで元気出して」 ジャスミンティーのさわやかな香りが漂った。 「ねえ、マスター。もしマスターが、誰かにプレゼントしたものを、その誰かさんがなくしちゃったらどうす... ...続きを見る

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2007/10/07 15:05
ヒルトップにようこそ 16
 結局茉莉はそのまま帰ることになった。帰りは、クルマを持っている佐知子が送ってくれることになった。佐知子のクルマは、メタリックピンクの小さなクルマだった。 「ごめんなさいね、お役に立てなくて」 「いえ、そんな。気にしないでください。仕方ないですよ」 茉莉は、気になっていたことを思い切って聞いてみた。 「あの、村上さんって、どんな方ですか?」 「どんなって?」 「いえ、お姉さんが、村上さんに正直に言ったら、村上さんはお姉さんを許してくれそうなのかしら、と思って」 「そうね。あたしも村... ...続きを見る

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2007/10/06 14:24
ヒルトップにようこそ 15
「いいのよ。佐知子。私が悪かったんだから。指輪のお金は、一生懸命働いて、幸一さんにお返しします」 1.8カラットのダイヤ(と、それより両脇のピンクダイヤの方が高いかもしれないが)が、いったいいくらくらいするものなのか、茉莉には見当がつかなかった。それに「村上幸一」なる人物がどんな人だか知らない茉莉にとって、ありのままを話した場合、許してもらえそうなのか、嫌われそうなのかも予想できなかった。  しかし、このまま綾子と佐知子の部屋を探していても、見つかる可能性は少ないような気になってきた。 「... ...続きを見る

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2007/10/04 20:37
ヒルトップにようこそ 14
ゴミ箱、ドレッサーのほか、ハンドバッグや化粧品入れ、果ては鍋や靴まで、およそ思いつく限りの黒っぽいものをのぞいてみたが、やはりスコープしたイメージとは一致しない。  佐知子の部屋も見せてもらったが、ここにも手がかりはなかった。たくさんの写真立てが並べてあったが、そこには、綾子と二人で写っているものばかりだった。海辺の写真、高原らしい所の写真、レストランか居酒屋のような場所の写真、どれも二人顔を寄せ、にっこりと微笑んでいる。写真立てを見つめている茉莉に気づいて、佐知子が言った。 「あたしはお姉... ...続きを見る

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2007/10/03 20:31
ヒルトップにようこそ 13
「何なの? どうしたの?」 佐知子が慌てて尋ねた。他人がいきなり部屋に入ってきて、ゴミ箱をのぞき込むのだから、驚いて当然だろう。綾子が慌てて説明した。 「あのね、この前村上さんにもらった指輪、なくなっちゃったの」 「えっ、それで、警察には言ったの?」 佐知子の顔が、少し蒼ざめた。 「ううん。まだ言ってないわ。あまり大ごとにしたくなくて。それで、茉莉さんにお願いしたの。茉莉さんには、探し物の在処(ありか)が見えるっていう力があるのよ。それで、黒い入れ物に入っているのが見えたそうなのよ」 ... ...続きを見る

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2007/10/02 20:14
ヒルトップにようこそ 12
 綾子と佐知子の部屋は5階の503号室。入り口のドアには「AYAKO・SACHIKO SUGIMOTO」というプレートがかかっていて、それが表札になっている。木の板に楽焼きのアルファベットを貼り付けたもので、プレートの隅に小さく「清里」と入っている。 「去年の夏に、妹と旅行してきたんです」 茉莉がプレートを見つめているのに気づいて、綾子が説明した。 「仲がいいんですね。私は一人っ子だから、ちょっぴり羨ましいです」 「あたしは生まれた時からお姉ちゃんがいたわけだから、一人っ子に憧れてたけど... ...続きを見る

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2007/10/01 20:12
ヒルトップにようこそ 11
 そんなことを茉莉が考えているとも知らずに、綾子が続ける。 「私の勤めている会社と、彼の会社とは取り引きがあって、時々顔を合わせてはいたんです。それで、半年くらい前からおつき合いするようになったんです。彼は、本当に私にはもったいないくらいの人で、何の取り柄もない私をとても大事にしてくれるんです。それなのに、大事な指輪をなくしてしまって・・・」 本当に取り柄がなかったとしても、そのルックスがあれば充分だわ、と茉莉は半分ひがみながら聞いていた。私の取り柄といったら、この中途半端な『スコープ』くら... ...続きを見る

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2007/09/30 14:58
ヒルトップにようこそ 10
 10月の風が、茉莉の長い髪を揺らした。ストレートロングの髪は、茉莉自身さほど気に入っているわけでもないのだが、マスターがいたく気に入っているので、何となく伸ばしたままになっている。緩やかにウェーブのかかった綾子の髪を見ながら、私も今度パーマでもかけようかしら、と茉莉は思った。  ポプラ並木は少しずつ色づき始めていた。店では何となく小さく見えた綾子が、こうして肩を並べて歩いていると、案外身長が高いんだということに茉莉は気づいた。160センチの茉莉よりも、7.8センチは高いようだ。歩きながら、綾... ...続きを見る

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2007/09/29 20:11
ヒルトップにようこそ 9
 綾子の、指輪に対する思い入れは、よほどのものなのだろう。指輪自体は、まるで今ここにあるかのようにはっきりと見える。確かに、うそ臭いくらい大きなダイヤ(一庶民の茉莉には、ここまで大きいと、かえってガラス玉のようにも見える)を真ん中にして、小さな(と言っても、まともな指輪が一つ作れるくらいの)ピンクダイヤが二つ。しかし、まわりの様子がよく分からない。  それでも、その想いに答えるべく、目を凝らして(目を閉じているのに「目を凝らして」というのも妙なものだが)見てみると、少しずつ様子が見えてきた。指... ...続きを見る

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2007/09/28 20:29
ヒルトップにようこそ 8
「月曜日に外したわけですね。それで、ケースに入れて、どうしたんですか?」 「ドレッサーに入れたつもりなんですが・・・。ケースはドレッサーの引き出しにありました。でも、今朝、何となく取り出してみたら、中身だけがなくなっていたんです」 今は、水曜日の昼下がりだ。指輪を外してから丸二日の空白がある。 「他になくなっているものはないんですか? 他のアクセサリーとか、お金やカードなんかは?」 「多分ないと思います。でも、私の持っているアクセサリーは、その指輪以外はたいしたものはありませんから。妹は... ...続きを見る

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2007/09/27 16:42
ヒルトップにようこそ 7
 彼女の名前は、杉本綾子。この近くのマンションで妹と二人暮らし。半年ほど前に知りあった村上幸一という男性と恋に落ち、この前の日曜日にプロポーズとともにその指輪を贈られたそうだ。 「どんな指輪なんですか?」 『スコープ』のイメージのため、というよりは、どちらかというと個人的な興味から茉莉が聞くと、綾子は少し戸惑って答えにくそうに、小さな声で答えた。 「あの、1.8カラットのダイヤが真ん中にあって、小さな二個のピンクダイヤがその両側にあるものです」 1.8カラット! あたしはもらったことがな... ...続きを見る

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2007/09/26 20:32
ヒルトップにようこそ 6
 「少々お待ちください。今、担当の者をよこしますので」 ちょっと残念そうな表情を浮かべてマスターが戻ってきた。 「茉莉ちゃん、出番」 さっきの態度とは随分ちがうぞ。 「いつからあたしは『担当の者』になったんですか」 「まあまあ、お願いね」 コーヒーを淹れ始めたマスターに代わって、茉莉が隅のテーブルに向かった。 「あの、一応うけたまわっているんですけど、いつもうまくいくとは限らないんですよ」 「はい、自分で探せるところは探したつもりなんですが、見つからないんです。警察に知らせた方が... ...続きを見る

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2007/09/25 20:30
ヒルトップにようこそ 5
 茉莉がおしぼりと水をトレイに載せていると、 「あ、オレが行くからいいよ。茉莉ちゃんはケーキを作るんだろう?」 珍しく優しいことを言うものだと思いながら振り向くと、鼻の下の伸び切ったマスターがトレイをさらった。近所のおばちゃんが来た時は絶対に自分でオーダーなんか取りに行かないくせに、相手が美人だとこうなのか、と思うと、茉莉は仕事が楽になるにもかかわらず、少しムッとする。(私だって短大時代は、準ミスキャンパスだったのよ。エントリーが何人だったかは内緒だけど)  そんな茉莉の様子にまるっきり気... ...続きを見る

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2007/09/24 14:45
ヒルトップにようこそ 4
 「マスター、また挑戦していいですか?」 「おっ、8回目だね。今度は期待してるよ。なんせ、この前の異常に酸っぱいチーズケーキには参ったからな」 「レモン風味のチーズケーキにしようとしたんですよ。マスターが酸っぱいものに弱過ぎるんですよ」 「あれは『レモン風味』じゃなくて、そのものズバリ『レモン味』だ」 「今度のヤツは酸っぱくならないから大丈夫ですよ。でも、男性は女性に比べて酸っぱさに弱いみたいですよ。少しは女性の味覚も勉強しないと、女性客をゲットできませんよ」 「オレは、オレが好きなも... ...続きを見る

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2007/09/23 15:24
ヒルトップにようこそ 3
 茉莉には、実は特殊な能力があった。「超能力」ってほど強力なものではないが、人が探しているものの在処(ありか)を見つけるという能力だ。適当な言葉がないので『スコープ』と呼んでいるのだが、探している人の額に手を当てて目を閉じると、その探し物と、周りの様子が、ちょうど顕微鏡や望遠鏡を覗いている時のような映像で、まぶたに浮かんでくる。ただ、見えるのが、その探し物そのものと、その周囲のごく近い範囲に限られるので、なかなか、場所の特定は難しい。店の冷蔵庫のように、見慣れた場所ならすぐに分かるのだが、ズーム... ...続きを見る

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2007/09/22 11:25
ヒルトップにようこそ 2
 「・・・ちゃん、茉莉ちゃんってば」 ヒマに任せてぼんやりとくだらない空想にふけっていた茉莉は、マスターの声で現実に引き戻された。 「はい、マスター?」 「ごめん、ポップ用のマジックってどこ行っちゃったっけ? ちょっと『スコープ』してみて」 「またですか?」 マスターは、どうも、「物を整理する」という能力が欠乏しているようで、まず片づけるのが下手だし、珍しく片づけたと思ったら、今度はどこにしまっちゃったか分からなくなってしまう。まあ、マスターが、たいして忙しくもないこの店で、「ぜひ」と... ...続きを見る

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2007/09/21 21:01
ヒルトップにようこそ 1
 駅前通りのポプラ並木を東に向かって歩いて10分くらい、少し小高い丘の上に喫茶『ヒルトップ』がある。こぢんまりとしたレンガ造りのちょっとこじゃれた店だ。でも、このあたりは、高級な住宅街が広がっていて、どの家も一見喫茶店のような形をしているためか、知らなければつい通り過ぎてしまうような、さりげない店である。  茉莉(まり)がこの店でアルバイトを始めて、もう半年近くになる。「アルバイトを始めた」のは半年前からだが、「通い始めた」のはもう二年以上前からである。ここのマスターの淹(い)れるコーヒーも美... ...続きを見る

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2007/09/20 20:10

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