ヒルトップにようこそ 1

 駅前通りのポプラ並木を東に向かって歩いて10分くらい、少し小高い丘の上に喫茶『ヒルトップ』がある。こぢんまりとしたレンガ造りのちょっとこじゃれた店だ。でも、このあたりは、高級な住宅街が広がっていて、どの家も一見喫茶店のような形をしているためか、知らなければつい通り過ぎてしまうような、さりげない店である。
 茉莉(まり)がこの店でアルバイトを始めて、もう半年近くになる。「アルバイトを始めた」のは半年前からだが、「通い始めた」のはもう二年以上前からである。ここのマスターの淹(い)れるコーヒーも美味しいし、店の雰囲気も気に入って、客として入り浸っているうちに、だんだんと店の手伝いをさせられるようになり、そのままなし崩しに働くことになってしまった。アルバイトだから、お給料はたいしたことはないけれど、居心地もいいし、仕事は案外ヒマだし・・・これはマスターには言えないが・・・。でも、そんなことより、この就職難の時代に、「バイトでもいいからぜひウチで働いて欲しい」なんて言われたら、「こちらこそお願いします」以外の答えは思い浮かばなかった。
 短大で栄養士の資格を取ったものの、特にどこに就職するというあてもなく、ズルズルとフリーターになってしまった。でも、今の仕事は気に入っていた。問題は、若い男の客があまり多くなく、「出会い」の機会が少ないこと。美しいストレートロングの髪に、大きな瞳、ちょっとやせ過ぎとも言えるが、よく言えばスリムな茉莉は、昔からモテないわけではなかったが、何となく決め手がなくて、ぐずぐずしているうちに、「彼氏いない歴21年」になってしまった。目下の願いは、素敵な彼氏を見つけることだ。
 マスターは独身(のはず)だが、年齢不詳。たぶん三十代だと茉莉は思っているのだが、聞くたびに25歳だったり、35歳だったり、いつもいい加減な答えでごまかしている。口ひげをたくわえているので、ますます歳が分からない。25ってことはないだろうが、案外本当に若いのかも知れない。あまり突っ込んだことは聞いていないが、こんな高級な場所で、どう考えても儲かっていない店・・・これもマスターには内緒・・・を構えているのだから、それなりにお金は持っているのだろう。「昔、ヤバい仕事をしていたんだ」と冗談めかして言っていた言葉は、実は全くでたらめではないのかも知れない。いつもニコニコ(ヘラヘラ?)しているが、時々、びっくりするほど鋭い目をすることがある。前に一度、茉莉にからんだヤンキー高校生を店からつまみ出したことがあったが、いかにもこわそうなヤンキー達が、マスターのひと睨みで逃げ出したのだ。あたしの知らないウラの顔を持ってたりして・・・。そういえば、何億年も銀行から奪って、まだ捕まってない犯人って、何人もいるみたいだし・・・。

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