ヒルトップにようこそ 33

 自分も向かい側の席に壁を背にして腰掛けて、佐知子の顔を見ながら、茉莉は尋ねた。
「いったい、いつ?」
「わかんないの」
とだけ答えて、うつむいてしまった。
 少しすると、マスターがコーヒーを持ってやってきた。
「モカでよかったかな。少しぬるめにしてあるから、ミルクをたっぷり入れてゆっくり飲むと落ち着きますよ」
と言って、カップをテーブルに置きながら、チラッと茉莉を見た。茉莉は、救いを求めるような目でマスターを見た。マスターは片目をつぶって見せ、さりげなく佐知子の真後ろの、奥から二番目のボックス席に腰を下ろした。佐知子からは見えないが、茉莉からはよく見える位置だ。
 マスターに言われた通り、ミルクをたっぷり入れて、ゆっくりと飲み干した佐知子は、ようやく少し落ち着きを取り戻した。それを見届けると、茉莉は思いきって切り出した。
「佐知子さんのクルマって、あのピンクのヴィッツのこと?」
「うん、今朝、出掛けようとしたら、クルマがなかったの」
「マンションの駐車場で?」
「うん」
「何時ごろなくなったかはわかりませんよね」
「わからない。でも、夜中だと思うわ」
「昨夜は、帰り、遅かったよね?」
「うん、面接の後、バイトが入ってたから、家に着いたのは10時過ぎだったわ」
なるほど、10時過ぎなら、張り込みしていても捕まらなかったわけだ。だが、ここで佐知子は、はっと気がついたように、
「でも、なんで知ってるの?」
と、聞き返した。今度は、茉莉がはっとした。9時過ぎまで家の前で待っていたとは言い難かった。ところが、何やら、佐知子の向こうでマスターがごそごそしている。見ると、大げさな表情で、口をパクパクさせている。とうやら、「言っちゃえよ」と言っているようだ。言われてみれば、指輪の話に持っていくには、今がいちばんよさそうだ。茉莉は覚悟を決めた。
「実は、昨夜、佐知子さんにお会いしたくて、マンションの前まで行ったの。でも、9時過ぎても帰った来なかったから、あきらめて帰ったの」
「あら、ごめんなさいね。知ってたら、もっと早く帰ってきたのに・・・でも・・・」
ここで、佐知子は、すこしうつむき気味になって、上目使いで茉莉の様子を探るように言った。
「でも、あたしに会いたかったって、何だったの?」
茉莉は、いよいよ来たか。と思った。昨夜の話をすれば、当然、話はここにたどり着く。茉莉は、大きく息を吸い込んで、言った。
「実は、お姉さんの指輪のことで・・・。私が『スコープ』した黒いプラスティックの入れ物って、ヴィッツのグローブボックスじゃないかと思って」
佐知子の表情が一瞬、凍りついた。しかし、それは文字通り一瞬だった。一つ瞬(まばた)きをするくらいの短い時間を経て、それはすぐに諦めの表情に変わった。諦めの・・・妙にすがすがしい表情に。だが、その表情も込み上げる涙に押されて、すぐに消えてしまった。
 しばらくは、マスターがコーヒーと一緒に持ってきたおしぼりに目を当てて方を震わせていた佐知子だが、何かふっ切れたように、昂然と顔を上げた。

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