ヒルトップにようこそ 48

 綾子には、何が起きているのか、つながりがさっぱりわからなかった。しかし、ただ事ではないことは、マスターのただならぬ様子から分かってきた。
「あの、何が起こっているんでしょうか? 佐知子の車が盗られたことと、何か関係があるんでしょうか? 佐知子は大丈夫なんでしょうか?」
マスターはエレベーターに乗り込み、『下』のボタンを押しながら、
「わかりません。でも、おっしゃる通り、佐知子さんの車が盗まれたのは、たぶん葛西さんの車と間違われたんだと思います」
答えておいて、マスターは、ふと不思議に思った。普通だったら、自分の指輪が盗られたこととの関係を考えるのではないか?
 エレベーターを降りたところで、マスターは、綾子に向かって、言った。
「綾子さん、大きい声じゃ言えませんが、私は、今から、少々法に触れることをします。申し訳ありませんが、お部屋に戻って、知らん顔していていただけませんか?」
「え、な、何をなさるんですか?」
「内緒です。結婚前のあなたを、厄介事に巻き込むわけにはいきません」
いつになく真剣な表情でマスターが言った。綾子も負けずに、
「佐知子の車の盗難に関係しているんでしょ? だったら、私一人知らん顔していられません!」
マスターは、目を丸くした。そして、いつもの優しい表情に戻って言った。
「わかりました。じゃ、人が来ないかどうか見張っていてくれますか? 誰か来たら、咳払いで知らせてください」
そう言うと、ジーパンのポケットからヴィクトリノックスの小さなアーミーナイフを取り出して、葛西佐織のプラドのカギ穴に差し込んだ。一、二分カチャカチャと動かしていたが、
「おしっ」
とつぶやくと、綾子にウィンクした。
 そっとドアを開いて、プラドに乗り込むと、助手席や、グローブボックス、後席、トランクなどを一通りチェックして、カメラの中に入っていたものも合わせて、合計六本のフィルムを見つけ出した。
「マスター、大丈夫なんですか? そんなことして」
「大丈夫じゃないですよ」
と、言いつつ、ヴィクトリノックスをチラつかせて、綾子の目の前に立った。そして、逆光線の中で、いっそう低いトーンで、言った。
「目撃者を始末しなきゃ」

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