ヒルトップにようこそ 41

 茉莉は、家につくと、表に駐めてあるずんぐりした抹茶色のマーチに乗り込んで、内側から助手席のドアを開いた。
「さあ、行きましょう! ナビお願いね」
「はい、お願いします。・・・この車、おもちゃみたいでかわいいですね」
「あたしのかわいいマーちゃんよ。よろしくね。・・・シートベルト締めて」
「あ、はいはい」
佐知子がシートベルトを締めながら、マスターの言った「ヘルメット貸そうか?」という言葉を思い出し、ごくりと唾を飲み込んだ。しかし、体中に力が入った佐知子の緊張とはうらはらに、ゆっくりゆっくりとレビューは走り出した。
「マスターが『ヘルメット』なんて言うから心配したけど、安全運転ですよね」
佐知子が言うと、
「五分間黙ってて!」
前方を凝視したまま、佐知子に一瞥もくれないで答えた茉莉は、身を乗り出して、運転に集中している。佐知子は、左肩から斜めに伸びるシートベルトを、無意識に握りしめていた。これはある意味、乱暴な運転よりも・・・怖い。マスターにヘルメットを借りておけばよかった。
 しばらくすると、ようやく落ち着いたのか、運転もギクシャクしなくなってきた。身を乗り出して前方を凝視していた茉莉の背中も、ようやくシートの背もたれにくっついた。
「ごめんね。運転、二ヶ月くらい振りだから。でも、ようやく慣れてきたわ。カンが戻ってきた」
「あ、あたしも慣れてきました」
言ってから、佐知子はしまったと思った。「慣れてきた」ということは「運転が下手」って言っているようなものだ。だが、茉莉には、そんな言葉じりに気がつく余裕までは、まだないようだった。
「近いところから、順々にまわっていこうか」
「そうしましょう。じゃあ、次の交差点で、左に曲がってください」
「わかった。・・・ねえ、左折の時はいいけど、右折の時は、かなーり前から、余裕もって言ってね」
「わ、わかりました」
佐知子は、無意識に敬語になってしまっていた。・・・やっぱり、ヘルメットを借りておけばよかった。

 ヒルトップでは、マスターが、タバコをくわえながら、ひとり物思いにふけっていた。300万円から400万円近い4WDをヤミ業者が買い取るときの相場は、だいたい60万円くらいだ。窃盗団にしてみれば、150万しないヴィッツを盗んでも、危険が大きい割に、メリットが少ないはずだ。やはり車自体でなく、なにか別の狙いがあったのではないか。そうすると、やはり例のダイヤか。だが、ヴィッツにダイヤがあることを知っているのは、張本人の佐知子以外では、茉莉と自分だけのはずだ。
 マスターはふうーっと、大きく煙を吐き出した。犯人の狙いは、ヴィッツ自体ではないのか。
 どうも、昨夜(ゆうべ)茉莉と一緒に、マンションの駐車場を見張っていた時から、引っ掛かっていることがあった。さんざん迷った挙げ句、ランチタイムの客が来ないうちに、「本日は終了しました」の札を入り口にかけて、マスターは愛車のユーノスで飛び出していった。

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