ヒルトップにようこそ 84

 『ヒルトップ』に帰った茉莉は、一昨日、作ろうとしたところで、綾子が来たために中断していた、新作ケーキ作りを再開した。紅茶を出す時間と、砂糖の加減が難しい。紅茶をあまり長い時間出すと渋くなってしまうし、逆に短すぎては、香りが立たない。砂糖も、多すぎて甘くなってしまっては、大人の味にならないが、少なすぎてもおいしくない。
 家で、いろいろと試行錯誤して自分なりにはかなりいい線までいくようになっているつもりだが、店で作るとなると、何だか勝手が違って自信がない。何とか1ホール焼き上げて、マスターに試食してもらった。
「どう? マスター?」
一口食べたマスターの顔をのぞき込みながら茉莉が尋ねた。マスターは、それには答えず、無言でもう一口、口に運んだ。なんだか難しい顔をしている。結局マスターは1ピース全部食べてしまった。相変わらず難しい顔だ。
「これ、1個いくらで出す?」
今度は、マスターが探るように茉莉を見つめた。茉莉はドキドキしながら、
「300円くらいかなって、思うんですけど」
「350円でいこう。レシピを書いといて。それから、きっちりと、コストの計算もしておくこと。350円で売るケーキの原価が400円かかっちゃかなわんからな」
マスターはウィンクした。
「やった! ありがとうございます」
これで3勝5敗。8打数3安打ならイチローくらいの打率にはなるだろう。

 5時を過ぎると、佐知子は綾子の帰りを今か今かと待っていた。綾子を『ヒルトップ』に連れていく口実を、何度も練習した。そして5時半ごろ、佐知子の待つ部屋に、綾子が帰ってきた。佐知子は、
「あ、お姉ちゃん、さっき『ヒルトップ』の茉莉さんから電話があって、『今日はスコープの調子がいいから、もう一度店に来てくれないか』って。一緒に行こ」
午後、大掃除をしながらずっと考えていた佐知子なりの口実だ。我ながらまあまあの嘘がつけたと思う。綾子もまったく疑っている様子はなかった。
「私も、茉莉さんやマスターに一言お礼を言わなきゃいけないから、ちょうどよかったわ。さっそく行きましょ」
 6時少し前、綾子と佐知子がそろって『ヒルトップ』に現れた。綾子がマスターと茉莉にお礼を言い終わるのを待ちかねて、佐知子が、
「茉莉さん、電話ありがとうございます。今日は調子がいいそうですね」
と切り出した。茉莉はすぐに佐知子の口実だとわかって、調子を合わせた。
「ええ、絶好調です」
スコープには、確かに好不調の波がある。しかし、今回は楽勝だ。普段でも、気楽にやる時の方が調子がいい。

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