ヒルトップにようこそ 88

 それから三日ほど経った。『ヒルトップ』入り口の掲示板の、「本日のケーキ」の所には、先週、茉莉が作った新作ケーキの名前も加わっていた。
 昼過ぎ、キキーッと派手な音を立てて、ピンクメタリックのヴィッツが駐車場に飛び込んできた。他に駐まっているのがマスターのユーノスだけだからいいようなものの、駐車用のラインなどお構いなしの駐め方で、慌ててクルマを降りると、佐知子が店に駆け込んできた。
「いらっしゃいませ」
と言う間もなく、
「聞いて聞いて。決まったの。就職決まったの。茉莉さんありがとう」
と言う佐知子の手には、くしゃくしゃになった紙が握られていた。
「ほら、ほら、見て見て」
その紙を振り回しながら、佐知子が飛び跳ねている。
「落ち着いて落ち着いて。ちょっと見せて」
茉莉は、佐知子からその紙を受け取って、声に出して読み上げた。
「『内定通知。杉本佐知子殿。来年度4月より当社本店にて販売員として採用することに内定いたしました。ジュエリーアダチ』おめでとう。内定通知ね」
「うん、それでね、よかったら、すぐにでも研修がてらバイトに入って欲しいって。これで、卒業しても、この街にいられるわ」
「よかったわね。ところで、お姉さんは、どうしてる?」
「日曜日に、村上さんとデートしてきたよ。来月ね、村上さんと一緒に、実家(ウチ)の両親に会いに行くみたい。でも、式は、二人だけで外国で挙げたいって言ってたわ」
「そう、いよいよ結婚か。羨ましいわ。私たちも、早くいい男を見つけなきゃね」
「茉莉さんはいいじゃない。そんなすごいピジョン・ブラッドくれる人がいるんだから」
佐知子が、茉莉の右手の指輪を指して言った。へぇ、この赤い石は、「ピジョン・ブラッド」って言うのか。ガラスじゃなかったのね。まさかルビーじゃないとは思ってたけど、それにしても聞いたことのない宝石だわ・・・。茉莉は、自分の指輪に触りながら、
「これ、『ピジョン・ブラッド』って言う石なの? 知らなかったわ。赤い石って言ったら、ルビーくらいしか知らなくて。私、宝石とか、疎いから」
佐知子は目を丸くした。
「ま、まさか茉莉さん。知らずにはめてるの? それ、ルビーだよ。『ピジョン・ブラッド』って言ったら、ルビーの中でも、ミャンマー辺りで採れる、特に質の高いきれいな石のことを言うのよ。茉莉さんのルビー、透明度がすごく高くて、深い赤紫でしょ。これなら、下手なダイヤよりよっぽど貴重なんだよ。お姉ちゃんのダイヤにも負けないくらいよ」
『お姉ちゃんのダイヤ』と聞いて、一瞬ギョッとした。が、茉莉はすぐに笑い飛ばした。

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