ヒルトップにようこそ 90(最終回)

 それから、三ヶ月ほど過ぎた。ポプラ並木の葉もすっかり落ち、年も改まり、あたりは冬景色に包まれていたが、その日は小春日和で暖かかった。
「茉莉ちゃん、茉莉ちゃん。ちょっとスコープして」
マスターが、火のついていないタバコをくわえたまま、茉莉に声をかけてきた。
「今度は、何をなくしたんですか?」
「ライター。百円ライターがどっか行っちゃった」
『どっか行っちゃった』じゃなくて『やっちゃった』でしょ。と思いながら、
「はい、おでこ出して」
スコープをはじめた茉莉は、驚いた。こんなことは初めてだ。
「きゃっ!」
思わず小さく叫んで、一瞬、手を放してしまった。
「何なんですか?これ」
茉莉は、恐る恐るもう一度、マスターの額に手を当ててみた。映像が、スライドのように次から次へと浮かんでは消えて、切り替わってゆく。マスターの思い込みがそれほど強くないのだろう。ライター自体より、まわりの様子がはっきり見える。
「ええと、クルマのシートの下、洗濯機のジーパンのポケット、タンスの中のジャケットのポケット、レジの百円玉入れるところ、そこの引き出しの奥、そんでもってまたもや冷蔵庫の中・・・、いったいいくつなくしたんですか? まだまだ出てきますよ」
「もういい、もういい」
冷蔵庫を開きながらマスターは、
「どうも、俺はモノを冷蔵庫にしまうクセがあるらしいな」
そういうのは「しまう」とは言わないぞ、と思っているところへ、郵便配達のバイクが来たので、茉莉は店の郵便受けを見に行った。請求書や、ダイレクトメールの封筒に混じって、綾子から、「結婚しました」のハガキが、『ヒルトップ』宛に届いていた。タキシードとウェディングドレスの二人が、ケーキにナイフを入れている写真だった。その綾子の左手には、しっかりとあの指輪が輝いていた。差出人の名前は、「村上幸一♡綾子」となっていた。
 茉莉は、
「ねえねえ、マスター。綾子さんたち、フランスで、二人っきりで式挙げたんだって。素敵ねえ」
と言いながら、ハガキをマスターに渡した。マスターは、写真を見て、
「あーあ、また美人が一人減ったなあ。悲しい出来事だ」
と、ため息を漏らしている。「減った」と言っても、別にこの世からいなくなったわけじゃあるまいし、大げさなマスターである。
「美人なら、ここに一人いるじゃない。ホレホレ」
茉莉が、そう言いながら、ストレートの髪をかき上げて、セクシーポーズをとっている所へ、客が一人、入ってきた。二十代半ばくらいの女性で、やけにあたりを気にしている。
「あの、こちらに、よく当たる占い師の方がいらっしゃるって聞いたんですが・・・」
マスターと茉莉は、顔を見合わせた。「探偵」の次は「占い師」と来たもんだ。口コミというのはつくづく恐ろしい。
「実は、私、婚約指輪をなくしてしまいまして・・・」

(おしまい)

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