ヒルトップにようこそ 75

 マスターは、一歩前に進みながら、押し殺したような低い声でつぶやいた。
「おい、その娘(こ)の髪を引っ張るな。その娘に少しでも傷をつけたり、髪の一本でも抜いたりしてみろ。・・・殺すぞ」
 はらはらしながら様子を見守っていた佐知子は、マスターの豹変ぶりに驚いていた。悪党であるスーツの男より、むしろマスターの方が恐ろしかった。
 スーツの男は、マスターに気圧される形で、一歩ずつあとずさった。
「茉莉ちゃん。大丈夫だからね。ちょっと目をつぶってて」
茉莉は言われるままに目を閉じた。この状況で目を閉じるのは恐ろしかったが、なぜかマスターの言う通り目を閉じていれば、つぎに目を開いたときには、全部解決しているような気がした。
 少しずつ後ずさりするスーツの男が、入り口の段差に視線を落とした一瞬の出来事であった。
「ぎゃっ!」
という叫び声を上げてスーツの男は拳銃を床に落とし、左手で右手を押さえた。いや、正確に言えば、押さえようとした瞬間には、マスターの右足のつま先が男ののど元にめり込んでいた。
「茉莉ちゃん、もう大丈夫だよ。目を開けていいよ」
マスターの優しい声で、再び目を開いた茉莉の目に映ったのは、ナイフの突き刺さった右手を左手で押さえたまま、口から泡を吹いて白目をむいているスーツの男だった。さっき、タバスコで気絶した男から取り上げたナイフを、マスターが投げつけたのだ。
「こいつも縛っとかなきゃな」
マスターが、再び結束バンドを取り出して、まず右手の手首を締め上げて止血し、つぎに両手、両足を縛った。男の左手には茉莉の髪の毛が二本絡みついていた。マスターは、そこに一瞬視線を落としたあと、
「これ、取りあえずもらっとこうね」
と言いながら、床の拳銃を拾った。そして、気を失っている男の頭を、さっきと同じように持ち上げて、頬を二、三発張った。
ううーん、と目を覚ました男に向かって、
「貴様、茉莉ちゃんの髪の毛が、二本も抜けたぞ。約束通り、殺す」
と言いつつ、拳銃を男の口につっ込んだ。男は、目を見開いてもがいている。
「ふいらへん(※すいません)。ほへんらはい(※ごめんなさい)
男は、涙ながらにもがいている。
「聞こえないなあ。・・・おやすみ」
と、言いつつ、マスターが引き金に指をかけた。

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