ヒルトップにようこそ 90(最終回)

 それから、三ヶ月ほど過ぎた。ポプラ並木の葉もすっかり落ち、年も改まり、あたりは冬景色に包まれていたが、その日は小春日和で暖かかった。 「茉莉ちゃん、茉莉ちゃん。ちょっとスコープして」 マスターが、火のついていないタバコをくわえたまま、茉莉に声をかけてきた。 「今度は、何をなくしたんですか?」 「ライター。百円ライターがどっか行…
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ヒルトップにようこそ 89

「あはは、さすがにうんちくは詳しいみたいだけど、鑑定眼の方はまだまだみたいね。見間違いよ。マスターがそんな高価なものをくれるわけないでしょ。よく出来たガラスに決まってるじゃない」 「えー、そうかなあ。絶対間違いないと思うけどなあ」 佐知子は首を傾(かし)げていたが、すぐに快活な調子に戻って、 「ま、とにかく、よかったら今度、何かア…
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ヒルトップにようこそ 88

 それから三日ほど経った。『ヒルトップ』入り口の掲示板の、「本日のケーキ」の所には、先週、茉莉が作った新作ケーキの名前も加わっていた。  昼過ぎ、キキーッと派手な音を立てて、ピンクメタリックのヴィッツが駐車場に飛び込んできた。他に駐まっているのがマスターのユーノスだけだからいいようなものの、駐車用のラインなどお構いなしの駐め方で、慌て…
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ヒルトップにようこそ 87

 週が変わって、火曜日の夕方のことだった。不意に綾子がヒルトップにやってきた。 「こんにちは」 「あ、いらっしゃい」 マスターが、水とおしぼりを持ってオーダーを取りにいくと、 「きょうは、茉莉さんは?」 と綾子が尋ねた。 「今、ちょっと買い出しに行ってます。何か?」 「いえ、この度は、姉妹(きょうだい)そろってお世話になっ…
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ヒルトップにようこそ 86

佐知子が先に立って店に入ってきながら、後ろの綾子に見えないように小さくピースを出してウィンクしている。そして、後から入ってきた綾子の左手の薬指には、あの指輪がしっかりとはめてあった。綾子は指輪をはめた左手を茉莉に見せながら、 「ありがとうございました。見つかりました。私も佐知子もお世話になりっぱなしで・・・。本当にありがとうございまし…
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ヒルトップにようこそ 85

「じゃ、すみませんが、もう一度おでこを出してください」 茉莉は、綾子の額に手を当てた。掃除機の中なんて、あまりのぞきたいものでもなかったが、今回のスコープは確かに絶好調だった。掃除機の紙パックの中に転がる綾子の指輪がはっきりと見えた。綿ぼこりは、期待したほどには集まっていなかった。佐知子が掃除をサボったのか、元々部屋がきれいだったのか…
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ヒルトップにようこそ 84

 『ヒルトップ』に帰った茉莉は、一昨日、作ろうとしたところで、綾子が来たために中断していた、新作ケーキ作りを再開した。紅茶を出す時間と、砂糖の加減が難しい。紅茶をあまり長い時間出すと渋くなってしまうし、逆に短すぎては、香りが立たない。砂糖も、多すぎて甘くなってしまっては、大人の味にならないが、少なすぎてもおいしくない。  家で、いろい…
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ヒルトップにようこそ 83

 二日ぶりの、綾子と佐知子の部屋は、一昨日よりも少し、こざっぱりと片づいていた。部屋に入るなり、茉莉は佐知子に尋ねた。 「掃除機、どこ?」 「掃除機? ここだけど?」 一昨日は、適当に引っ張り出されていたが、今日はリビングの隅の押し入れに片づけてあった。一昨日チラッと見たときは、もう少し青っぽく見えたが、よく見ると濃い紺色だった。…
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ヒルトップにようこそ 82

「しないしない。今のところ、充分満足してるもん。第一、日本じゃ賞金稼ぎなんてできないし。今は、喫茶店のマスターさ」 マスターは片目をつぶって見せた。それを聞くと茉莉もなんだかホッとした。 「疲れたろ。遅くなっちゃったから、送っていこうか?」 「ううん、大丈夫。車だから。・・・あ、そうだ、これ返さなきゃね」 と言って、茉莉は、ポケ…
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ヒルトップにようこそ 81

「別に、隠してたわけじゃないよ。言いふらすことでもないし・・・」 と言いながら、マスターは、自分用にコーヒーを一杯注いだ。 「バウンティー・ハンターって知ってるか?」 「バウンティー・ハンター? 聞いたことないわ」 「日本じゃ、あんまりいないだろうからな。日本語で言えば、賞金稼ぎだ」 「賞金稼ぎ! そんな商売が、ホントにあるの…
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ヒルトップにようこそ 80

 車を店の駐車場に入れて、店の中をのぞくと、マスターが一人、ぼんやりとタバコをふかしているのが見えた。  茉莉が扉を開くと、マスターは、 「おかえり」 と迎えてくれた。その声を聞いて、マスターの顔を見た途端、茉莉はひざがガクガクと震えだした。そしてマスターの顔がぼやけてきた。 「ただ・・・い・・・ま」 言い終わらないうちに、茉…
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ヒルトップにようこそ 79

茉莉は話題を変えてみた。 「もう、何だか大変なことになっちゃって、お姉ちゃんにも随分心配かけたから、今夜正直に言って、謝ろうと思うの」 「そう・・・」 「でも、ホント言うと、言い出しづらいな。茉莉さん、何かいい切り出し方、ないかしら」 「うーん、難しいわね」 茉莉は、運転しながら考え込んでしまった。しばらく無言でハンドルを切っ…
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ヒルトップにようこそ 78

 簡単な事情聴取が済んで、解放されたのは、夜の11時をまわっていた。ヴィッツはまだ返してもらえなかったが、指輪のことは警察には知らせなかった。ややこしい手続きで返してもらえないと困ると思ったのだ。マスターがあとから知り合いの刑事に聞いた話では、やはり窃盗団も、あまりに非現実的に大きな指輪だったため、オモチャの指輪だと思ったらしい。高級セ…
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ヒルトップにようこそ 77

 男たちは、振りかかるガラスの破片に瞬間たじろいだあと、一様に、目を押さえてせき込みはじめた。そこへ飛び込んできたマスターが、男たちのみぞおちに一発ずつパンチを食らわした。  一瞬にして三人の男たちを倒したあと、マスターが戻ってきて、 「プハー。最近息が続かんな」 と言って、大きく息を吸い込んで、再び男たちを縛り上げに行った。 …
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ヒルトップにようこそ 76

「マ、マスターッ!」 茉莉の制止を聞かずにマスターが引き金を絞った。 チュー。 「ぎゅーっっ!」 男は再び失神した。 「ホンモノじゃなかったの?」 茉莉は驚いて尋ねた。気がつかないうちに、すり替えていたらしい。 「まさか。いくらなんでも、殺しちゃったら捕まっちゃうじゃん」 マスターは立ち上がりながら、振り返ってにっこり笑…
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ヒルトップにようこそ 75

 マスターは、一歩前に進みながら、押し殺したような低い声でつぶやいた。 「おい、その娘(こ)の髪を引っ張るな。その娘に少しでも傷をつけたり、髪の一本でも抜いたりしてみろ。・・・殺すぞ」  はらはらしながら様子を見守っていた佐知子は、マスターの豹変ぶりに驚いていた。悪党であるスーツの男より、むしろマスターの方が恐ろしかった。  スー…
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ヒルトップにようこそ 74

 さっきまで監禁されていた部屋へ戻ると、「ミッションコード『脱色』」で、茉莉にぶん殴られた男が、まだズボンとベルトで縛られたまま倒れていた。 「これ、茉莉ちゃんたちが? ひどいことするねえ」 倒れている男の口にタバスコを流し込んだ男に言われたくないと思いながら、茉莉と佐知子は、ソファに横になっている葛西佐織の元へ駆け寄った。 「百…
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ヒルトップにようこそ 73

 あまりの展開の早さについていけず、ぼおっと、立ちすくんでいる佐知子と男の間に入って、ナイフを拾い上げてポケットに仕舞うと、マスターは、 「大丈夫でしたか?」 と佐知子に声をかけた。 「え、ええ。ありがとうございます」 我に返った佐知子をマスターの後ろから走ってきた茉莉が抱きしめた。 「ところで、何をしたの?」 転げ回ってい…
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ヒルトップにようこそ 72

(マスター! 助けて!) 茉莉は心の中で叫びながら、ポケットの上から、マスターのお守りにそっと触れた。そして、仕方なく、両手を上げて、男の方に一歩踏み出そうとした。  その時だった。 「そこまでだ! 悪党!」 背後から聞こえた、聞き覚えのある声に、思わず振り向いた。茉莉の後ろには、マスターが、何と拳銃を構えて立っていた。 「な…
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ヒルトップにようこそ 71

 ボンネットが凹みませんように、茉莉は祈りながら、そろりそろりと移動して、ようやく、ヴィッツの隣の車までたどり着いた。佐知子は、もう下にいて、ヴィッツをのぞき込んでいる。茉莉が車から飛び降りて靴を履き直していると、 「間違いないわ。私の車」 佐知子が涙ぐんでいる。 「感動してる暇はないわよ。とにかく指輪を取り戻しましょ」 茉莉が…
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