ヒルトップにようこそ 38

 と、突然ふっと映像が消えた。茉莉は鼻の奥がツーンとキナ臭くなったのを感じると同時に意識が遠のいていった。右手が、佐知子の額を離れたかと思うと、体全体が何かに引っ張られるように、後ろにのけぞっていく。
「きゃっ!」
佐知子が叫んだ。危うくイスから転げて頭から落ちそうな茉莉をマスターが抱きとめた。
「おいおい、大丈夫か?」
茉莉をイスに座らせると、佐知子が茉莉の肩を抱きかかえるように支えた。マスターは大急ぎでカウンターへ戻ると、ボウルに氷水を注ぎ、おしぼりを二・三本そこに放り込んだ。戻ってくると、おしぼりを絞って、一本は茉莉の額に当て、もう一本は、後頭部に当てた。額のおしぼりで、佐知子がほっぺたや目の周りを冷やしていると、茉莉はかすかに目を開いた。
「ああ、びくりした。大丈夫?」
佐知子が心配そうに尋ねた。
「あ・・・ごめん。なんか、急にトリップしちゃった。もう大丈夫だから」
茉莉は、少し照れくさそうに答えた。気を失ったことも照れくさかったが、遠のいていく意識の中で、強い力が自分を受け止めてくれたことは、はっきりと覚えていた。その感触が何とも心地よくて、それが照れくさかったのだ。
 マスターが運んできた冷たい水をゆっくりと飲み干したあと、茉莉は『スコープ』で見た映像を、二人に話した。イメージの鮮烈なうちに、できるだけの情報を受け取ろうと、茉莉の説明に聞き入っていた。
「マスター」
茉莉が、不安げな表情を浮かべて、マスターに問いかけた。
「やっぱり、昨日新聞に出てた、例の窃盗団かしら?」
マスターは、眉間にしわを寄せて、考え込んでいたが、
「隣に、大きな4WDや黒いセダンが見えたってことは、それっぽいな。でも、なんで・・・」
と、言いかけて、口をつぐんだ。茉莉と佐知子は、続きの言葉を待った。が、マスターはその後を続けようとしない。
「何よ、気になるじゃない。言いかけたこと、途中で止めないでよ」
と、茉莉にいわれて、ためらいがちに、
「いや、佐知子さんには悪いんだけど、窃盗団が、なんでヴィッツを盗むかなあ、と思ってさ」
「どうして?」
茉莉と佐知子が同時に聞き返した。何が「佐知子に悪い」のかが、わからなかったのだ。
「連中が盗んでるのは、『高級車』というか、『高価格車』なんだ。茉莉ちゃんが見た4WDや黒セダンって、たぶん、3、400万以上だと思うんだ。ま、それくらいの値段がつかないと儲からないんだろうな。でも、佐知子さんのヴィッツは・・・」
ここで少し言いにくそうに、いったん言葉を切って、
「100万くらいだよね」
「・・・クルマだけで、100万ちょっとでした」
「でも、窃盗団の人たちだって、同じクルマばっかりじゃなくて、いろんなクルマを盗むんじゃないかしら。需要と供給の問題なんだし。不景気なんだから、東南アジアの人たちだって、手ごろな値段のクルマも欲しいんじゃないかしら」
茉莉が反論した。東南アジアの景気動向は知らないが、マスターはその反論には直接答えずに、
「実は、クルマ自体よりも価値のあるものが、クルマに載っていたとか・・・」
「そりゃ、例の指輪がグローブボックスにあったわけだから・・・」
「でも、それを知ってるのは、オレ達三人だけだよな。佐知子さんは盗むわけないし、オレも盗んでない。ってことは・・・まさか! 茉莉ちゃん、指輪に目がくらんで・・・」
「じょ、冗談じゃないわよ!」
茉莉は慌てた。
「いや、冗談だよ」
マスターは平然と答えた。
「もう、いい加減にしてよね」
クスッと、佐知子が笑った。今日店に来てから、初めて見せた笑顔だ。その笑顔に力づけられ、茉莉は決意を新たにした。

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