ヒルトップにようこそ 44

「あ、綾子さん」
不意に後ろから声をかけられて、ちょっと驚いたので声がひっくり返っている。オホン。とせき払いをして、声のトーンを落として、
「先日はどうも失礼いたしました。指輪は今、鋭意捜索中ですので、ご心配なく。・・・今日は、会社はお休みですか?」
「いいえ。・・・佐知子がお店にうかがったと思うんでご存知と思いますが、佐知子の車が盗まれてしまいまして、バタバタしてて、今から出勤しようかと思いまして・・・。マスターさんは、どうしてこんなところに?」
「『マスターさん』なんて、他人行儀な。『マスター』とお呼びください。・・・実は、佐知子さんの車の件で、ちょっと気になることがありまして。ちょうどよかった。ちょっと教えていただきたいことがあるんですが、よろしいですか?」
「あら、そうでしたの。私でお役に立てるかしら?」
「もちろんですとも。あの、綾子さんと佐知子さんのお宅は、五階だとうかがったんですが、間違いないですか?」
「ええ、503です。それがなにか?」
「このマンションの駐車場の位置決めは、基本的には部屋番号ですか?」
「ええ、そうですよ。あ、佐知子の駐車場所のことですか? 場所が違っているということ?」
「はい、ここが、佐知子さんの場所だそうですね」
マスターは、「403」のスペースの真ん中に立って言った。
「さすが探偵さんですね。ホントはそこは、一階下の葛西佐織さんの場所ですの」
俺まで探偵にされてしまった、と思いながら、マスターは、
「じゃ、その葛西さんの車は503の場所なんですか?」
「そう、あそこです」
指さされた先には、小さなクルマの多いレディスマンションにはやや不似合いな、ランドクルーザー・プラドが駐めてあった。俺ならあっちを盗(と)るけどな、と思いながら、
「なんで交替してるんですか?」
と尋ねると、綾子は、
「503のスペースは、一番奥でしょ。佐知子が免許を取りたてで、まだ運転がおっかなびっくりだった頃、駐めにくいということで、替わってもらったの。ちょうど葛西さんも、大きな荷物を運ぶことが多いということで、少しでも建物に近いところに駐めたいってことで、話がついたみたいね」
と説明した。なるほど、503のスペースは、一番端で、すぐ隣が花壇のブロックになっている。運転に慣れてない人では駐めにくそうだ。マスターは、「葛西さん」のプラドをのぞき込んでいた。カメラマンなのか、後ろの席に、三脚やアルミのカメラケースなどが、無雑作に積み込まれている。
 プラドを見つめて、考え込みながらマスターは、
「あの・・・、こちらの葛西さんにお話を伺いたいんですが・・・」
と綾子に言った。綾子は、少し不審そうな顔をしたが、
「入り口(エントランス)にインターホンがあるんで、普通はそれで話をして入れてもらうんですけど、いきなりじゃ、無理かもしれませんね。私が話をしてみましょうか」
と、協力を申し出た。
「助かります。でも、会社の方は大丈夫ですか?」
「ええ、どうせ遅れついでですから。何時に行くとも言ってませんし」
 綾子は、エントランスのところへ行って、インターホンで403のボタンを押した。しかし、返答がない。もう一度押してみた。だが、やはり返事がない。
「おかしいわね。車はあるのに」
「葛西さんは、いつも出掛けるときは、車ですか」
「たぶんそうだと思いますが」
マスターの表情が険しくなった。
「綾子さん、私をこのマンションに入れてもらえますか?」
マスターのただならぬ雰囲気に押されて、
「え、ええ。どうぞ」
と言いながら、エントランスのカギ穴に、カギを差し込んだ。
 マスターは中に入ると、急いでエレベーターに乗り込んだ。
 四階に上がると、403号室のドアの前に立って、ベルを押したが、返事がない。ドアをノックしながら、
「葛西さん」
と呼びかけたが、やはり返事がない。綾子と顔を見合わせた後、ポケットからハンカチをとりだして、ドアのノブに被せると、手をかけてゆっくりとひねった。

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