ヒルトップにようこそ 85

「じゃ、すみませんが、もう一度おでこを出してください」
茉莉は、綾子の額に手を当てた。掃除機の中なんて、あまりのぞきたいものでもなかったが、今回のスコープは確かに絶好調だった。掃除機の紙パックの中に転がる綾子の指輪がはっきりと見えた。綿ぼこりは、期待したほどには集まっていなかった。佐知子が掃除をサボったのか、元々部屋がきれいだったのか。こんなことなら、私の部屋を掃除してもらえばよかった。
「えーと、黒っぽい掃除機ありますか? どうもこの前見えたコットンは、綿ぼこりだったみたいですね。掃除機か何かの中だと思います。黒っぽい掃除機みたいなもの、あります?」
セリフ回しが不自然になっていないか心配だったが、綾子はそんなことを気にかけているどころではなかったようだ。
「あ、あります、あります。色は黒じゃなくて紺色ですけど。掃除機あります。そういえば、月曜日の夜にちょっと掃除をしました。その時に吸い込んじゃったのかしら」
あまりにも好都合に綾子が掃除をしていたのも驚きだったが、あまりにも見事に引っ掛かってくれたので、茉莉は、かえって申し訳ない気持ちになってしまった。
「とにかくありがとうございます。早速見て来ます。佐知子、行きましょ」
弾かれたように店を飛びだしていく綾子を追って店を出ながら、振り返って佐知子がウィンクした。そして、声を出さずに、「ア・リ・ガ・ト」と、口だけを動かした。

「『この前見えたコットンは、綿ぼこりだった』だぁ?」
綾子と佐知子の姿が見えなくなったのを見届けてから、マスターがからんできた。
「そうよ。どちらも『綿』には違いないでしょ」
「そんな大雑把なこと言ってて、大丈夫なのか?」
昼間佐知子に同じことを言われた時には、たいして気にはならなかったが、マスターに「大雑把」と言われるのは、何となくショックが大きい。なんだか、幼稚園児に子供扱いされているような、何とも言えないバツの悪さを感じた。
「だいたい、私がこんなに大雑把になったのは、マスターの影響(せい)なんですからね。ホントの私は、もっと繊細でおしとやかだったんだから」
「洗剤で脅し取っていた?」
「耳が腐ってるんじゃないですか?」
茉莉がマスターの耳をつまみ上げると、マスターは悲鳴を上げた。
「いてててて・・・、ところで、なかなか堂に入ったセリフ回しだったぞ」
「おほほほほ・・・、女優にスカウトされたら、バイトやめていい?」
「ヌードになったら、サイン入りの写真集をちょうだいね」
「このセクハラおやじ。セクハラするのはこのヒゲか、この口か」
そう言いながら、茉莉が今度はマスターのほっぺたをねじり上げている所に、佐知子達が戻ってきた。

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